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2016年 12月 23日

   ・・・ 新装なった元ドイツ商館からの眺め ・ ヴェネツィア ・・・

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       先回のヴェネツィアの高潮に続き今回ご覧頂くのは、リアルト橋南脇にある
       かってのドイツ商館・フォンダコ・デイ・テデスキ・Fondaco dei Tedeschi.

       長らくヴェネツィア郵便局だったのですが、ベネトンが買い取り修復し、
       新しくショッピング・センターとして生まれ変わっています。
       
       そして、屋上のテラスがこの秋から一般に公開されていて、
       しかも無料で!というニュースを知っていましたので、
       リアルト橋に向いながら、そうだ、ちょっと寄って見よう!と。

       郵便局がまだ入っていた時の様子がこちらに。

       入り口には黒いスーツのドア・マンがいて、ドアを開けてくれ・・!
       
       トップの写真が入り口を入って見えた正面で



       こちらが右側
       11月半ばでしたが、すっかりクリスマスの飾り付けがされていて、
       スッキリと美しくなりましたが、右上の時計も元のままですし、
       大きな目に見える改装は天井と床でしょうか?
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       かっては郵便物が運び込まれ、運び出されているのがリアルト橋からも見えた
       大運河に向かっている北の扉内から見る外の様子。
       現在修復中のリアルト橋はすっかり覆われていて・・。
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       エレベーターは無く、右手(左手にも)中央にある階段を上りますが、
       途中の踊り場にあった、かってのヴェネツィアの姿
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       フォンダコ・商館と呼ばれたかってのこの建物は、ドイツ語圏からの商人達が
       ヴェネツィア共和国に運び込む商品の貯蔵所でもあり、
       商人達自身の宿泊所でもあったようで、200を超える部屋があったといいます。

       ヴェネツィア共和国は警察制度が厳しく、商人達は夜は外出禁止、
       ヴェネツィア人達も入れず、しっかり管理されていた様子ですが、

       こういう商館は現在残っているのにはトルコ商館がありますが、
       他は消滅していて、そんな歴史的見地からも大きな改装はされなかったのでしょうね。





       ここが下から見た天井の上、屋根の下、という部分ですが、
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       床の素材は、ヴェネツィアの大運河に掛けられた第4の橋、駅前からローマ広場に
       渡る橋に使われた光線を通す素材、橋は濡れると滑る、と不評のあの素材かな?

       壁には黄金モザイクのモチーフの映像があり、波に揺れる感じで揺らぎます。



       テラスに出るのは無料ですが、この部屋の南側の廊下受付で呉れる、
       指定時間を書いた丸い札が必要で、それを持ってこの部屋で並んで待ちます。

       ガードマンらしきこれも黒スーツの男性がテラス前にいて、札を調べ通してくれますが
       15分毎の入れ替えで、私は30分以上待ったと思いますが、
       でもその価値はあります!!

       中には子供がいるから、とか急ぐから、と先に入れてくれと粘る人々もいますが、
       男性は柔らかく、でもきっぱり、残念ですがと。 
       

       で、テラスに出ての最初の眺めが、正面のこれ!
       リアルト橋北側と大運河で、正面の白い建物には確か国の会計検査院が入っていて、
       奥が裁判所の建物。 3角形の岸の広場にはいつもだと、カフェのテラス席が並びます。
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       リアルト橋からいつもこの屋根の飾りを見ていたのが、今は逆に中からだもんね!
       曇り空なのが残念!!

       ヴェネツィアで高い所に上ってパノラマを見れる、というのはサン・マルコの鐘楼か、
       大運河の向こうのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の鐘楼くらいかな、
       カ・ドーロの大運河側のテラスの眺めもありますが、少し低いし・・、
       と場所が少ないので、ここは街の北側のパノラマを眺められる重要拠点になりますね。




       広場はすっかり濡れていますが、今は水が岸辺迄で人も出ているので、
       高潮が少し引き始めたのかも。
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       このフォンダコ・デイ・テデスキに並んで続く、大運河東岸の眺め
       奥に見える教会と鐘楼は位置から見て、サンティッシミ・アポストリと。
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       上の写真に続いて、奥、カ・ドーロが見えます。
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       カ・ドーロのご案内  その1と2




       テラスからは南東方面に当たるサンティッシミ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂
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       テラスに一緒に上がったグループの中にいたワン君
       ちょっとピンぼけですが、何となしに不安そうな顔をしていて・・! ははは。
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       屋根の上に来ているカモメたち
       何かを待っている顔をしていて、細かいカスをつまんだりで、
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       テラスの上にいるガードマン氏によると、過日考えなしの誰かが餌をやったらしいのですね。
       そんな事して、いっぱいカモメ達が集まってきたらどうするつもりだったんだろ?!

       こうしてみると、屋根の修復で瓦が大幅に取り替えられた事が良く分かる
       新しい瓦で、古びて良い色になるのに、だいぶ掛かりそうですね。




       ヴェネツィア本島の真ん中を逆Sの字に流れる大運河のちょうど真ん中に掛かる
       リアルト橋。  早く修復が済んでくれないと・・!
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       フォンダコから西にかけての建物の屋根上
       小さな屋根の上のテラスが、結構あちこちの建物の上に作られているのが見えます。
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       蒸し暑い夏の夜は上に出て涼んだり、はたまた、帽子の縁だけ残してその上に髪の毛を広げ、
       日に焼いて金髪にするという、ヴェネツィアの金髪、というのもこんな所でやったのかも・・!




       細長いテラスの一番西側に寄って覗く大運河
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       そしてその先、ヴァポレットの停留所の濃い緑色の先の白い建物、
       2階に旗が出ている建物がイタリア銀行
       
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       リアルト橋から西の大運河の眺め、正面奥に見えるのが現在はヴェネツィア大学のある
       カ・フォスカリ・Ca’Foscari. 
       ここで運河は左に曲がり、アッカデミア美術館、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂の方に。
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       改修されたフォンダコ・デイ・テデスキの新しい屋根の上部分。
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       南西から南にかけての眺め
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       少し南に向いて、サン・マルコ聖堂が見えます。
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       大運河の北、ゴンドラをもう一度眺め
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       ・・時間となってテラスから降り、
       上階から下の中庭部分を眺めた様子。
       赤茶と白の縞模様がモダンでもあり、クラシックでもあり・・。
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       下の階まで降りて、これは南西の角の方。
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       以前もあった井戸ですが、以前は中庭の真ん中にありました。
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       といっても当時も井桁だけだったらしい、と写真を見直して思ったのも、
       屋根も塞がれていましたから、中庭の天水利用の井戸の意味が無いわけですね。
       で今度は入り口の直ぐ傍に移されており、やはりこれも変遷ですね。


       それにしても、あの一等地の眺めを無料で!
       しかも何人ものガードマンを割り当てての、大盤振る舞い!!
       ヴェネツィアに行かれてお時間があったら、是非どうぞ!!


     *****

       さて今日は12月22日、日本はすでに23日で、クリスマスももうすぐ!!

       皆様、よいクリスマスをお迎え下さいね! ブオン・ナターレ!!
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       「サンタがやって来る!」をマイケル・ブブレでどうぞ。
       



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、修道院の壁 描き初め と、 ブオン・ナターレ! を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       
  
   
       
       

 


by italiashiho2 | 2016-12-23 00:08 | ・ヴェネツィア | Comments(6)
2016年 12月 17日

   ・・・ ヴェネツィア  アックワ・アルタの日 ・・・

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       ヴェネツィアの冬の名物 とも言えるアックワ・アルタ(高潮)
       この冬最初の大きなアックワ・アルタだった11月13日、
       たまたま行き合わせて写真を撮りましたので、ご覧ください。

       上は朝到着したヴェネツィア駅構内
       暫く前から改装中だった駅構内が、すっかり新しい店舗に生まれ変わっています。
       



       この日は日本へのお土産調達でしたので、カメラもコンパクトのみを
       持参したのでしたが、駅を出てすぐ、細い水溜まりが出来ているのを見て、
       あれ、ひょっとして今日はアックワ・アルタかな?!
       が、酷い時には駅前にも渡り板が出ますので、まぁ大した事もないかと
       あちこち店によりつつそのまま道を進み、

       ポンテ・グーリエ・Guglie(グーリア橋)まで来て、あっ、やっぱり!!
       こちらの岸はひたひたと、小波が寄せる度に浸水する部分が増えていて、
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       先に続く道は、すでにとっぷり浸かっています!
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       大運河の方を見ると、薄っすらと射す陽射しに水が煌めき、
       こういう日は、どこかいつもよりも静かなのですよね!!
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       グーリエ橋の上に上がり、高みの見物ですが、
       モーター・ボートがヤケクソみたいに、ははは、走っていくのが見え・・。
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       両岸の道が沈み、カンナレージョの運河がいつもよりも広くなったみたい!!
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       運河の東側の岸はこんな様子。 も少し先に行くと、ゲットーへの入り口の
       小路があるのですが、きっとあの道も水に浸かっているでしょう。
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       もっと浸水してくるのかどうなのか、少し気になりつつ道を進み、
       道脇のカンポ・マッダレーナ・Campo Maddalenaの横の小運河
       扉の下がもうすっかり浸かっていて、
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       東に続く道の橋の下も、こんな感じにたっぷりの水
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       橋の上から見る奥の建物も、扉にひたひたの水位
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       橋を渡ってすぐ左の広場、カンポ・サンタ・フォスカ・Santa Foscaの脇に
       綺麗なゴンドラが係留していて、
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       こういう日でも、と思うのがおかしいのかも知れませんが、
       その後すぐに家族が乗り込み、出て行きました。

       ただし、私が撮っているのは橋の上からなのですが、
       この橋をゴンドラがくぐるのがちょっと大変でして。 つまり、
       水位が上がるのでゴンドラの船体やゴンドリエーレの頭がつっかえるのですね、
       それで家族全員が協力させられ、体をずらしておりましたです。




       奥の道は水位すれすれですが、平然と歩いてくるカップル。 
       慣れています!
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       この日はサン・マルコ広場までは行くつもりは最初からなく、
       でもまぁとにかくリアルト橋までは行ってみようかと・・

       サン・マルコ広場のアックワ・アルタ




       サン・フェリーチェ教会・San Felice近くだったか、道脇を覗くと
       こんな風に入り口が浸かっている家が見え
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       鳩達も塀の上に避難
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       大運河の向こう側、サン・カッシアーノ・ホテルが見えますが、
       とにかく水がたっぷり、というイメージでしょう?!
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       サンタ・ソフィーア教会前広場の端には、大運河を渡るゴンドラがあり、
       向かい側の市場の様子も見えるので見に行くと、
       渡し船も動いているようですが、やはり乗客が少ないような・・。

       正面の建物下が魚市場で、
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       その横、低い屋根だけ見える部分が野菜市場、続く長い建物は裁判所
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       高潮の日というのは、なんとなしに気持ちがワサワサとし
       そのくせいつもの賑やかさはなく、何かを待っているように世間がシ~ンと、
       と、shinkaiが感じるだけの事か知りませんが・・・。
       



       サンティッシミ・アポストリ・SS.Apostoli広場まで行き、橋を渡るのですが、
       わぁ~お、すれすれまで来ているよぉ!
       あそこの運河沿いのレストランは、今日はやはり休みみたいね。
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       で、その手前に綺麗な赤い飾り付けのゴンドラがいて、
       とても目立って、眺めている人は多いのですがぁ・・!
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       道は回り込みつつリアルト橋に近づきますが、アポストリ広場の次の橋の所で、
       あっ、ゴンドラが橋をくぐる! と見つけて走りました。
       私の後ろからついて走る女性がいて、顔を見合わせ笑いましたが、ははは。
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       ほら、ゴンドラの舳先の飾りの高さが、橋のアーチよりも高いでしょう?!




       で、少し傾けた姿で入り込み、そろそろと進みます
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       ゴンドリエーレは、船体の右寄りに立ち、板でそろそろと漕いでいて・・。
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       ゴンドラに乗られたことのある方はご存知でしょうが、どこの席に座るかを
       乗る時に指定されます。 
       平底のゴンドラで、ゴンドリエーレが迫り上がった艫の左に乗って漕ぐために、
       船体の竜骨自体がカーヴしているのですが、
       客の数により、バランスの配分で席を指定されるのですね。

       で今、船体自体が右に傾いているのを利用して、ゴンドリエーレが右側に重みをかけ
       船体をもっと右に傾けつつ高さを低めているのです。

       ゴンドラについての、あれこれ





       アーチに近づくと手で調子を取り、橋の下に潜ります
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       でここまで見た物好きshinkaiは、橋の反対側に走ります、ははは。




       向こう岸では、橋の下を覗き込んで待つ人々がいて!
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       実はこの写真の右側に、中年の日本女性が二人おられたのを切りました。
       というのも、一人はしゃがみ込んで覗いておられたのですが、
       テンションが上がっているのか、高い声で「あっ、ぶつかった!ぶつかったよ!!」
       なぞともう一人の方に報告されるのが、周囲がし~んとしている中に響き渡り!
       ええ、勿論、橋の下からゴツン、ドンという低い音も聞こえましたが・・。




       ついに、ゴンドラの舳先の飾りが見え、す~っと出始め
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       かなり斜めの方向に出てきます。  船体を傾けるので寄るのかも。
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       ゴンドリエーレも出てきて、オールで橋を突き
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       漸くに立ち上がって調子を整え進み始めると、見物客から一斉に拍手が起こり、
       ははは、でもゴンドリエーレはそそくさとね。 
       彼にとっては面倒事が一つ過ぎただけなのかも。
       帰るまでに潜らないといけない別の橋が頭にあるのかも・・!
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       ほらね、艫の飾りがポッキリと折れているでしょう?!
       ここの飾りが折れているのはよく見るのですが、
       今回この様子を見ていて、舳先は神経を集中して潜っても、
       後ろの方はつい疎かになって、ポキっとやるのかなぁ、とも思った事でした。


       という、ヴェネジア高潮の日、 ゴンドラ、橋をくぐる、の中継でしたぁ!



     *****

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       少しづつ新しいPCにも慣れてきている毎日ですが、
       今やPCは完全に家庭電化用品の位置にあるなぁと改めて。
 
       春頃から暮には買い換えないと思い、それまでは何とか保ってくれぇ、と
       願っていたので、やれやれとは思ったのでしたが
       とりわけ嬉しい事もなく、即始める仕事に差し支えが無い事のみが希望で・・。

       今回はいつもトラブルの時持ち込んでいた店で購入したのですが、
       OSは基本のウィンドウズ10でも、ワードとかエクセル、メディア・プレイヤーなどのソフト、
       マイクロ・ソフトに支払わないといけない物は全然入っておらず、
       すべてそれに当たる、似たソフトが入っていて、
       それの使い勝手に慣れるのと、納得するのに時間がかかりました。

      *改めてPC内探検の結果、メディア・プレイヤーは入っているのに気が付き、
       現在Mp3に変換してダウンロードした音楽を、CD書き込みに使用中です。


       そして、新しく入れてみたグーグルの日本語ソフト、これはとても気に入りました!
       本当に賢く、私の言葉使いにすぐ慣れ、様々な応用編を次々と提供してくれます。

       この度のPCでは、短縮言語を覚えさせ変換する、というのが出来ずなのですが、
       優れもののグーグルの日本語ソフトで大丈夫、不便を感じません。
       これは皆さんにも、お試しをお勧めです。



       所でお世話になっているエキサイト・ブログですが、
       私は年間少し払うアドヴァンスの契約で、使う容量は無限なのですが、
       夏頃までは、PCによる訪問者数とページ・ヴューの数しか知る事が出来ませんでした。

       2,3年前から徐々に訪問者数、並びにページ・ヴューの数が減り始め、
       多分スマート・フォンで見て下さる方が増えたのかも、とは思っても、
       実態がわからず少々心配しておりました。

       で8月中頃に更新する際、思い切ってモバイルからの訪問者数なども分かる
       もう一つ上のランクの契約にしようかと考えたのですが、
       エキサイトとの交渉があやふやで、確かな返事をエキサイトから貰えないまま、
       今まで通りの契約を続けるようにしたのでした。

       が、なんと9月中頃からだったか、アドヴァンスの契約でも、
       モバイルからの訪問者とページ・ヴューの数も見れるようになり!

       以前よりも、見て頂いている数が増えている事も分かりました!

       皆様、有難うございます!!
       安心いたしました!!

       どうぞ、これからもよろしくお願いいたしま~す!!
       
       そして今日も、下の応援クリックをポチッと押してやって下さいませぇ!


     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ヴェネト 夏の朝 描き始めと、 淡路島行き を
       アップしています。    
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     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

 







by italiashiho2 | 2016-12-17 23:36 | ・ヴェネツィア | Comments(4)
2016年 12月 13日

   ・・・ 安芸の宮島 麗しの厳島神社 ・・・

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       広島での友人宅での一日、宮島に出かけてきました。
       あいにくの曇り空でしたが寒くはなく、一人で気軽に・・。

       ところがです、なんと宮島で電車を降りた途端に、ものすごい人、人、人!!
       宮島への連絡船の船着場に歩く道筋も、いっぱいの人!

       切符を買い、ちょうど連絡がよく船にもすぐ乗れたのですが混雑で、
       幸いに座れたものの外の景色は見えず・・。




       漸くに島が近づいてきた頃、幸いに前の人が移動し・・。
       左下に、ちょっぴり赤い鳥居が見えますか?  
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       到着前に船内で案内があり、今日の宮島は大変混んでおります
       ロープウェイは1時間半待ちです、と。

       とは聞いたものの、何度も行っている宮島なだけに、
       その混雑ぶりが実感できずでしたが、船を降りた途端に、これは凄い!!

       美味しそうなイカ焼きの匂いにつられて撮ったのですが、ははは、
       左上にびっしりと参道への道を歩く人々の姿、いやぁ本当に混雑でした!!   
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       人の歩かない並木道の高い所で休む鹿ちゃん。 餌をねだるどころか・・!
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       人混みに押されるようにして歩き、漸くに厳島神社が見えた所。 
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       受付で参拝料を払い、回廊を行きますが、
       ちょうど潮が満ち始める所でした。

       あまりにも多い観光客に、どこにカメラを向けても人が入り過ぎなのですが、
       少しでもと宮島の美しさを狙います。
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       古代からあった厳島神社のようですが、平清盛の大きな庇護を受け、
       神殿作りの神社となったのは、平安末期1241年の造営だそう。
       平氏一門の後も天皇家、そして様々な大名家の庇護を受け、
       寄贈された「平家納経」を始めとする様々な優れた美術工芸品も多く、
       現在の神社の建物は皆国宝、または重要文化財の指定を受けていると。




       ここは本殿よりも手前にある客・まろうど神社
       朱の柱、緑と黒の格子が素敵でしょう?!
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       広く清々しい木肌の床、朱塗りの回廊。 
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       回廊は幅4m,長さが275mあるそう。
       床板の隙間は目透しといい、高潮の時の下から押し上がる海水の
       圧力を弱め、海水や雨水を海に流す為なんですと。

       




       見上げると、北にある千畳閣横の五重塔が。 
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       鏡の池と呼ばれる回廊の角の池に、どんどん潮が満ち入り込んでいくのが見え、
       その中をゆうゆうと獲物を探しつつ歩くシロサギ。  
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       参道を歩きながら、実は何枚もこの朱の鳥居を撮っているのですが、
       アングルに気をつけないと、対岸の中腹にあるどこかの宗教団体の大きな
       建物が入ってしまうのですね。 
       きっとそれを狙ってあの位置に建てたのでは無いかと思うのですが、

       漸くにこの位置だと、右後ろの大きなマンションを見なければ・・、
       平安の昔の素晴らしさも感じ取れるでしょう?!
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       朱の大鳥居は奈良の大仏殿とほぼ同じ高さの16m、重量は約60トン!
       樹齢500~600年の楠の自然木で、現在のは8代目なんだそう。
       海の中に埋められているのではなく、松材の杭で地盤を強化し、
       箱型の島地の中に石を詰めて加重し、その中に鳥居の重みだけで立っているのだそう。

       春の大引き潮のときは、この鳥居の位置まで潮が引き、
       潮干狩りに皆出かけるのですよ。

       広島の貝汁、アサリのお味噌汁は美味しいもんね!!
       長野で、ちっこいシジミの身をせせった記憶の残るshinkaiには、
       こんなに美味しい貝のお汁があるんか、という驚きでしたものね、ははは。

       




       朱色と白壁、そして黒の格子、艶やかで美しい!
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       漸くに本殿前にたどり着き、高舞台とともに一枚
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       この舞台では春と秋の一夜、舞楽が奉納され、2,3度夜出かけてきて
       拝観したことが良い思い出となっています。

       夜の広島は観光客が殆どおらず静かで、潮がひたひたと満ちてき、
       回廊下の柱にチャプチャプとあたり、それに回廊に灯された灯が映り、
       雅楽のあの雅な音に舞う舞人の、暗い中に煌めく衣装。
       舞人がすっと足を滑らして引き、ついでトンと床を打つ音。
       舞楽のあの異国の香りのする面。

       まさに平安の昔はこうだったんだろう、という厳島神社
       昼の人混みの中で見るのは、ちょっとむごい感じも受けましたっけ。
       



       舞台と本殿の間にいる、大きな青銅の狛犬
       こうして正面から見ると、なるほど、という感じですが、
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       後ろから見るとです、ははは、尻尾がね、指でサインを出しているようでしょう?!
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       床の美しい木目
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       本殿前にあった清めの水。 はい、shinkaiめも。
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       本殿では、ちょうど七五三のご祈祷中で
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       神官がこのあと、参拝者のお祓いを
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       現在の本殿は1571年、毛利元就によって改築されたものと。




       回廊の下にも満ちてくる潮。 波を打ちながら、ひたひたと。
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       お供えの酒樽。 「清盛」というのもあるんですねぇ!
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       奥の右側は、能舞台。 現在の舞台と橋掛けが建設されたのは1680年。
       海に浮かぶ国内唯一の能舞台なんだそう。
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       能舞台に近寄りますが、舞台には上る事は出来ずで、
       春の奉納能の時なども確かこちらの回廊から拝見するのみだったと。
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       背景の松、 そして軒下の木彫の変わった飾り
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       普通の能舞台では足拍子の響きを良くするため、舞台下に共鳴用の甕が
       埋められているのが、ここでは舞台の床が一枚板のようになっている、のだそう。
       一枚板のようになっている、というのがどういうのか、ちょっと分かりかねますが・・!
       



       最後の回廊の向こうに見える反橋。 現在の橋は16世紀半ばの物と。
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       宮島厳島神社を初めて訪れたのは、短大生の時ですから50年前ですか、きゃは。
       当時は靴の上から草鞋をはいて回廊を歩くようになっていて、
       その時はこの橋の上にも登れたのでしたが、
       その後広島に住むようになった時には、もう登れなくなっていましたっけ。




       能舞台の近く、満ちてきた潮の中、獲物を探すアオサギ
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       反橋の向こうで回廊を出て、町中を歩きつつ、お昼を食べる場所を探します。
       
       ここは宮島の町家博物館、一度中も拝見しましたが、
       奥ゆかしく裕福な町家が偲ばれるものでした。
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       宮島はまた高校野球の応援団が打ち鳴らす「しゃもじ」や木工細工でも有名ですが、
       我が家にも宮島で買ったしゃもじが今もあり、

       歩いていて、こんな木地師の仕事場を
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       紅葉のシーズン、日曜とあって、食べ物どころはどこも満員で、表にズラッと列が出来ており、
       到底並ぶ元気はなく、ず~っと端まで歩き、ついに空いている所を見つけ、
       外の席に座り、こんな景色を見ながら・・
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       穴子をまぶしたご飯と、わかめと雑魚の酢の物を。 
       いつも外でのご飯にはビールを1杯やるのですけど、何故かこの日はお茶だけでした。
       あまりの人混みに飲み込まれたのかも!
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       こちらの友人たちへのお土産に、宮島の「孫の手」をと決めていたので、
       それを探して買い込み、
       戻り道は厳島神社の裏側を歩きます。
    
       すっかり満潮となり、回廊のすぐ下まで海水が上がってきているのが見え
       やはり美しい姿ですねぇ!
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       豊臣秀吉が1587年に建築を命じたという千畳閣に寄ることにし、石段を登ります。
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       ちょうど千畳閣前の大銀杏が見事な黄葉で!
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       建築が終わらぬうちに秀吉が亡くなり、豪華絢爛となる筈だったこの大経堂も、
       御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成ですが、
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       俗に千畳閣と言われ、857畳も敷ける、この広さ!!
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       太い梁が見える天井には様々な絵馬が奉納されており、
       これは明治元年の物のようで、
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       興味深かったのは、もみじ饅頭生誕百周年記念の絵馬
       平成21年となっていますから、何年前かな?
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       あまりにも名が知られすぎ、皆さん、もみじ饅頭を食べず嫌いではないでしょうか?!
       そういう方、ぜひ一度騙されたと思って食べて見て下さいね、
       本当に美味しいんですよ!! 




       最後にもう一度下の道に降りて、平安の名残を眺め、戻ります。
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       今回は鹿ちゃんを見ることも少なかったような・・!
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       と云う、安芸の宮島、麗しの厳島神社のご案内でした。



     §§§§§

       皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!

       今回のブログ更新は新しいPCでの作成ですが、なんとか大丈夫そうです。


       実は今日は私の誕生日でありまして、イタリア時間ではまだ12日で、
       お祝いの電話メールもあれこれ頂き、また一年頑張って行こうと喜んでおります。

       今朝一番にメール・チェックした時に届いていたのに、大笑いさせて貰いましたので、
       皆様にもここにご披露させて下さいね。

       私の絵の師匠である二木一郎さんの奥さん、竹ちゃんが
       いつも知恵を絞って描いて届けて下さるカードなのですが、

       なんと今回は、shinkaiが演歌歌手としてデビューしたら、という発想での舞台衣装!!
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       竹ちゃんは友禅がお仕事なので、お人形さんの衣装も手作りで、というのはご紹介しましたが、
       今回の演歌歌手としての初舞台の衣装は、月夜の桜!!

       なんとも手の込んだ労作で有難く、嬉しく・・、でもねぇ、上のキャプションは
       私の師であり、竹ちゃんの夫である一郎君の作なんだそうで、

       きゃはは、笑った、笑った!!
       「・・雨じゃった」とちゃんと広島弁になっていて、おまけに即日廃盤だと! ははは。
       良かった、演歌の練習をせにゃいけんかと思ったところじゃったぁ!!

       もう一枚のには、私が大ファンの作家の藤沢周平さんと同郷の竹ちゃんが、
       思い出して描いてくださった故郷の食べ物で、
       美味しそう、食べてみたい!というのがたくさん並んでおりました。

       竹ちゃん、そして和菓子よ我が師よ、有難うございましたぁ!!
       しっかり印刷して、壁に貼っておきま~す。



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、カステルッチョ 描き初めと、 広島ー明石 新幹線 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    


     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

   
       
       

 



by italiashiho2 | 2016-12-13 02:06 | ・日本・アジア | Comments(8)
2016年 11月 09日

・・・ カステル・ベゼーノ ・ トレントにおける最大の要塞城 ・・・

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       トレント・アルト-アディジェ州において最大の要塞城である
       カステル・ベゼーノ・Castel Besenoのご案内を。

       古代から、アルプスを越えての北の国と南欧のイタリアを繋ぐ
       幹線道を見張る格好の地にあり、
       中世にこの地に城が築かれて後は、幾度かの凄まじい攻防戦の
       舞台となったこのカステル・ベセーノ。

       15世紀には居城ともなり、いくらかの壁画も残っておりますが、
       何よりも実戦に備えた要塞城である姿を、ご覧下さいね。       
       


       
       カステル・ベゼーノはどこにあるか、地図をどうぞ
       ヴェローナから北上し、ロヴェレート・Roveretoから約10分ほど、
       ボゼネッロ・Bosenelloという町の丘の上に。
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       3年ほど前トレントに行った際、国道筋からもその威容が良く見え、
       皆がおお!とどよめいたのでしたが、今回実際に見れるチャンスが
       あり、喜んで参加したのでした。




       大騒ぎの昼食の後ボゼネッロの町に着くと、雨が上がった後。

       これは如何にもかっての町の見張り所といえる姿があり、
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       丘の上の城まで運んでくれる小型バスを待つ間に見る民家も
       きちんと整備はされていても、まさに中世からの姿そのもの!
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       このお膝元のボゼネッロの町から見上げる城!
       城の左下にチラッと白い物が見えますが、あそこの駐車場まで
       小型バスが3往復して我らを運んでくれました。
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       駐車場からかなりきつい坂道を歩いて城に向かいますが、
       これが第1の門
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       坂道の角を曲がる所から見上げるこの姿!! 威圧!
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       そして、その先に見える第2の門
       ほらね、かなりの人数が既にへたっているでしょう、ははは。
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       第2の門を内側から見た所
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       車が止まっている辺りに左に抜ける門があり、



       抜けた所に広がる広場、練兵場とでも
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       素晴らしい広さで眺めも良く美しく、
       現在夏にはここで様々な中世的催しがある様子。




       一見緩やかな緑の坂が続き、城壁、そして半月の要塞が見え
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       shinkaiが、なんか映画に出てくるシーンの様ね、というと、
       ホントホントという声が周囲から。
       騎乗の騎士がかっかっと馬を走らせる姿が、思い浮かびます!




       城壁から下を覗くと、谷間の集落とうねる道が見え
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       奥に見える家々も、古い姿のままで
       まるで時が止まっているかの様子!
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       門内の道に戻り、坂道を上ります
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       半月の要塞に見えた紋章
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       上の紋章はどの家系のか知りませんが、

       古くから見張り所があったに違いないこの地に、
       要塞が築かれたと、記録にでるのが12世紀。 
       この一帯を領有していたアッピアーノ公・Appianoの家臣である
       ダ・ボゼーノ・Da Boseno家が住んでいた様子。

       その後アーヴィオの城を領有していたカステルバルコ家の下に
       13世紀グリエルモ・Guglielmo・カステルバルコとありますから、
       カステルバルコ家が歴史の表に名を出し始めての4代目、
       一番の隆盛を極めた時代で、
       ヴェローナのサンタナスターシャ教会表の左側に、
       彼の棺があるのも知りましたが、

       その後15世紀の半ばになり、マルカブルーノ2世・Marcabruno・
       カステルバルコという逸材が出た時代、
       北への領有をもくろむヴェネツィア共和国との間に、
       1487年のカッリアーノの戦い・Battaglia di Callianoが勃発。
       この戦闘でヴェネツィア側は多大な死者と指揮者をも失う大敗を、

       という変遷があったのですが、

       城塞自体、時代と共に拡大し、備えも充実していった様子。




       坂道を辿りつつ振り返る、中央の半月要塞と城壁
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       城壁の中の道がかなりな上り坂である事が見えるでしょう?
       ここで角を曲がり、
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       これが第3の門、城郭内への入り口の門
       跳ね橋が下りる様になっていて、右手前には警備兵達の詰め所があり、
       その奥には、城壁外を巡る警備路が続いているのが見え。
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       門はその都度開閉され、通る人物を時間をかけて鑑定し、
       警備兵達もかなりの数が詰めていたと。

       勤務は厳しいとはいえ、警備が暇な時間もあるわけで、はぁ、
       石の椅子の座に刻まれた番目と、転がす鉄のサイコロ
       トゥリオ・trioという遊びをしていたらしいのが、
       城塞の修復の時に見つかったそう。




       ちゃんと大人しくガイドさんの話を聞かず、
       何か見えるとつい横道にそれるshinkaiですが、

       これも横に見えた戸口から入ってみた、警備路の一部
       左にずっと城壁内の道が続いておりました。
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       平面図が見つからず、これで内部の様子が分かりやすいかと
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       下左に見える道が駐車場から上ってくる道で、
       第2の門を入り、練兵場があり、右の半月要塞の下に城郭内への門

       半月形の要塞は3ヶ所、右と中央と、一番奥にあり、
       最初の半月要塞と、一番奥のは巡邏兵のパトロール道を
       通る事が出来ました。
       
       ちょうど中程に、右奥に塔のある広い四角な広場が見えますね、
       その手前に第4の門があり、広場の向こう奥にある部分が居住区で、

       一番奥の半月要塞部に一段と高く見えるのが、古い城と呼ばれる部分で、

       全長250m、幅約50mの威容を誇ります。




       城郭への第3の門の中は、こんな風にカーヴを描いており、
       ガイドさんの話によると、内部の様子が即見えない為の配慮と。
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       門の内側はまた中央が狭まり、広場の奥が見えない仕掛けですが、
       この辺りはまだまだ、ずっと上り坂!
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       広場の奥に辿り着くと、左に見える巡邏道入り口から
       ぐるりと最初の半月要塞の上も回って、戻って来れるコースが。
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       パトロール道から見る麓のボゼネッラの町、そして北への道。
       次々と谷に山が張り出し、そこに連絡の見張り所、要塞が
       あったという訳で、お天気でなかったのが残念!
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       葡萄畑の棚つくりが見事に広がります
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       広場の括れ部に見えるのは、水はけの道で、
       真ん中に排水溝が見えますが、あれは地下に天水の貯水槽があり、
       井戸水として使っていたのだそう。
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       真ん中、そして奥に黒々と見えるのは天然の岩場で、
       それを生かして城壁も造っている様子。




       半月要塞上のパトロール道で、
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       途中にあった銃眼、覗き窓から見る下の草地
       下から見上げると細い狭い窓に見えるのに、
       上からだとかなり広い部分が見えるのを発見!
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       奥の広い四角い広場と塔が見えます。
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       おっ、広場に寝そべる猫ちゃん、発見!
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       艶つやとした太目の猫ちゃんで、広場のバールが家の様子。
       我らが帰る時には既に閉まったバールの前で、
       誰か開けてぇ、と待っており、親切shinkaiが試みましたがダメ。
       残念ねぇ、あんた今夜は野宿だよ。




       さて、第4の門を潜り
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       四角い大きな広場に
       角に立つ塔の上は物見所でもあり、知らせの塔でもあり、
       ここからインディアン式に、知らせが次々の塔に発せられたそうで、
       またお天気が良いと、インスブルックからもこの塔が見えたと!
       本当かや?!
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       地図で見る直線距離で約167kmと出ましたがぁぁ、
       う~ん、この城の塔が見えるかなぁと、疑うshinkai。
       皆さん、どう思われます?!
       単眼鏡の出来たのは何年位でした?
       

       そしてこの城塞の凄い点は、普通は外側の城壁にある
       敵に対して攻撃したり、熱い液体を流したりする落下口が、
       広場の中に向っても備えられている事!
       ここまで敵が侵入して来ても、絶対交戦の構えなのですね。




       広場の外、城壁の外を巡る道
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       広場からの門を潜ってくると
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       ここは居住区として、16世紀の火事のあと再建され修復されたもので、
       壁にはルネッサンス期の壁画も残りますが、
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       この角の部分や他も、これは単に年数を経て崩れたのではなく、
       税金を払わずにいて、打ち壊しになった跡なのだそう!
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       これには皆が、当時にも居たのかと笑いましたが、
       税金というよりも、領主に払う年貢金でしょうか、
       払い逃れは許されなかったのですねぇ!




       この一帯は大きな広場になっていて、多分公的行事の広場でもあり、
       ご覧のように右にも左側にも建物が続いていて、
       右の大きな建物上部には、多分城の歴史を見せる常設展会場が。
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       こんな兜なども見れた様子ですが、残念。
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       左に井戸の部屋があり、城内にあった2つの井戸の1つで、
       左上から広場などの雨水が流れ込み、濾過して手前の井戸に。
       水が溢れる時は左の口から流れ落ち、壁際の排水溝にという仕組み。
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       こちらは向かい側の建物にあった台所内の、パン焼き釜
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       そして再び狭い通路と城壁の間を通り
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       傍らには、天井の低い牢の跡もあり、
       一列に見える四角い穴の跡が、天井の高さで、
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       そして、最後の南側の半円要塞跡に。
       広すぎて全部カメラに収まらず!
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       この部分が古い城と呼ばれる城郭跡
       多分一番最初は、この部分のみが城塞だったのでしょう。
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       ここの城塞パトロール道から見た下の平野の眺め
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       これではヴェネツィア軍が攻め寄せた時、いち早く発見されたのも無理なく、
       次々と知らせが発せられティロルの援軍が到着。
       敗走して逃げる途中に、舟を繋いで作ったアディジェ河の橋が決壊、
       指揮者のロベルト・サンソヴェリーノ・Roberto Sansoverino d'Aragona
       落下して溺死、何千に及ぶ兵士が死亡、または捕らわれの身という、
       ヴェネツィア側にとってまさに大敗の戦だったと。

       またこの戦において、ランツクネヒトと呼ばれる、
       スイス傭兵を教師に編成されたドイツ傭兵の集団が
       初めてイタリア兵を相手に戦った、のだそう。

       この後も18世紀末には、ナポレオン軍相手の激烈な戦いがあり、
       一旦は落ちた物の数日後にオーストリア軍援軍が到着という・・、
       
       平和の世になり城の意義が薄れ19世紀には放棄という
       幾多の変遷を経て、最後の持ち主であったトラップ家・Trappから
       1973年に自治県であるトレント県に贈与され、
       改修の後、一般公開されるようになったと。
       



       毎年夏には、様々な教育的回顧的催しもされる様で、
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       お城のサイトはこちら  

       開館は、5月から11月初めまで 10時から18時
           冬季は土、日、または3月末から火曜~日曜まで9時半から17時

       訪問前にはサイトでお確かめを

       
       いやぁ、下から見上げた姿も素晴らしい威容でしたが
       如何にも実戦配備の大要塞で、訪問の価値ありでした!!
       トレントに行かれるチャンスには、是非寄り道を



     *****

     ◆ ご案内 ◆

       11月22日から27日まで、広島三越7階三越画廊での
       個展がせまり、DMが出来てまいりました。
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       どうぞ、秋の良い日を、広島、宮島観光も兼ねてお出かけ下さり、
       ご覧頂けます様、ご案内いたします



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、絵はパスし、 スコミーゴ村・晩秋の色と、ワン達 を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       
  
   
       
       




by italiashiho2 | 2016-11-09 23:54 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(5)
2016年 10月 30日

・・・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・ 中世からの軍事拠点、居城 ・・・


       最初に、イタリア中部地震の速報をお伝えします。
       今朝7時40分に、震源地ノルチャ・Norciaのすぐ近く、地下10kmの
       強い揺れ、8月24日の地震よりも強いマグニチュード6,5が一帯を襲い、
       町の中心はすべて避難命令が出ております。

       お昼のニュースを見た所では、幸い今回も死者は無く
       怪我人、危険信号程度の重症者も含め20人程で済んだ様子です。

       ノルチャの北にあるプレーチ近くの、サン・テウティツィオ教会は、
       先日教会正面壁の一部が落下したのが、今回は遂に全体が崩壊したと。

       プレーチと北のヴィッソからの連絡道である道脇、ネーラ川が流れますが、
       大きな山崩れがあり、川も道路も埋まり、
       プレーチとの連絡は途絶えているとの事ですが、市長からの電話で
       町の教会も倒壊したとかで、大きな被害が予想されていて、
       これはカステルッチョも同様の様子で、
       その他の各町の中心地は進入禁止になっている所が多い模様。
       
       今回の地震はローマでもかなり揺れた様子で、地下鉄が止まったり、
       各地で点検の為の一時的な観光施設の閉鎖もあった様子。

       余震が続いてはいたものの、他にも大きな災害ニュースがあったりで、
       ニュースも小さくなりかけていた矢先の、再度の大きな地震でした。

       この先48時間以内に、ひょっとして今まで以上の大きな地震が
       起こる可能性もあるという事で、一帯の人々には避難指示が出ていますが、
       
       被災者の皆さんの心理的なお疲れも想像でき、
       寒さに向かい本当にお気の毒です!

       救助にずっと当られている消防団、救急隊員たちの方々の
       疲労の大きさにも想いが行き、頭が下がります、
       本当にご苦労様です!! 宜しくお願いいたします!


     *****

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       イタリアのヴェローナから北の隣国のインスブルックを繋ぐ
       ローマ期からの街道筋の要所であり、
       高い山を背後に平野を睥睨、アディジェ河の渡河地点の見張りでもあった
       カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avioのご案内を。

       見学日が曇り空でしたので、トップの写真はせめて青空の一枚をと、
       現在の城の持ち主であるFAI・Fondazione Ambiente Italia・イタリア環境財団とでも、
       のサイトから拝借で、記事中の我がサイト名のないのもそうです。
       
       今回は写真が多いですので、ごゆっくりご覧くださいね!!



       城入り口前からの城壁の眺め
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       城の図をどうぞ
       左下Ingresso・入り口から入り、常に坂道で上り、
       赤丸の付いているのが現地点という事で、
       その道から下の右下部分は現在私有地になっているそうで、
       その中に含まれるTorre Picadora・ピカドーラの塔
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       赤丸地点の左Casa delle Guardie・警備人の家
       矢印にそって坂道を行き、左に見えるグレイの位置に最初の門
       ここから右部分は城の下と呼ばれ、兵舎部分でもあったでしょうか。

       グレイの部分の先に2番目の門があり、我々はそこを抜け、
       左回りに行き、一番上に3番目の門、そして角を曲がって4番目の門
       赤い四角が主塔・Mastio、その右にGrande Cucina・大台所

       そして次の門をくぐると居住地部分で、
       左に抜けると内庭というのか、Pozzo・井戸があり、
       長い大きな城館がPaazzo Baronale・男爵館とも領主館とも。
       左外れの白い部分Resti della Capella・礼拝堂の遺跡

       ぐるりと城壁に囲まれ、5つの塔、領主館
       そしてフレスコ画で装飾された警備人の家、主塔の上部という、
       約千年の歴史を持つ城です。

       


       これが現在私有地内に含まれるピカドーラの塔
       ここで絞首刑が行われ、下の村から見えるように吊るされたのだそう!
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       名前と由来を聞いて皆がフフと笑いまして、
       というのも、吊るすというのがインピッカーレ・impiccareなんですね。




       警備人の家に入り、2階に
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       そして、おお!となったのが、まずこの壁画
       現在のパッチワークの柄にもありますよね、これ?!
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       真ん中にアルファベットが見えますね、
       でも何の関係もない文字が入っているのだそう。
       下に見えるのは、カーテンを吊った感じのものですが、
       後ほどご覧頂く、城内のフレスコ画のカーテン部はすべて同じ柄。

       shinkaiは一番後ろで写真を撮っていまして、
       殆どガイドさんの説明を聞いていませんで、ははは、
       すると中ほどに居たルイーザがすっと寄ってきて、
       ガイドが、本当は写真禁止ですが、撮られているのを見ても
       見ない振りをしますが、フラッシュは焚かないように、と言ったそう。
       はは、良く出来たガイドさんですねぇ!!




       そして隣の部屋に、これが圧巻でした!
       部屋一面に戦闘場面のフレスコ画があり、それが整理された線と色
       そしてどこかニヒルな目を持って見つめ描いている、というのか・・。

       こちらが入って正面の壁
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       右側の壁上側。 戦闘場面なのに、一番右の男はこちらを見ていて・・。
       
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       部屋の入り口背後の壁、上の右にアーヴィオのお城が
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       窓にもこんな柄模様
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       描いたのは14世紀中頃のトレンティーノの画家であろうと。

       警備人の家・見張り人の部屋と現在は呼ばれていて、
       確かに位置的にもそうなのですが、多分長たる人の住まいでもあったろうと。




       上の道から見た警備人の家。 1階部分はこの傾斜地に寄っていて、
       我々は1階の戸口から入り、今見える2階の左の戸口から外に。
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       坂道を上り
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       最初の門
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       中から見た最初の門。 城壁に穴が順序良く開いていて、
       かっては中を見張りの兵士が辿った廊下部があったものと。
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       右に開いているアーチの中が城の下部分で、
       上に伸びている壁の内側が、かっての礼拝堂の壁、というのを
       後ほどに知りました。
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       この左に2番目の門があり、




       2番目の門を振り返った所。 ずっと上り坂!
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       城壁は城をぐるっと囲んでいる一部なのですが、
       下側にも上側にもM字が見えますね?
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       これは城壁の上に付いているメルレット・レース飾りと呼ばれるもので、
       つまり下のMは最初の城壁の上にあったものが、
       防御から埋められ城壁が高くされ、その上にまたM字が付けられ、
       それがまた埋められている様子なのです。

       M字型は王冠の上の飾りを意味し、このM字が付いている城は
       皇帝側である事を示し、
       教皇側の城には、教皇冠を示す尖がりが1つ、が残ります。


       アーヴィオの城の建設が記録に残るのは1053年
       12世紀にトレントの司教の臣であるカステルバルコ・Castelbarco
       一族の領有となったと。
       
       カステルバルコ一族で最初に記録に名がでるのは1177年、
       アルドリゲット・Aldrighettoがトレントの司教アデルプレート・
       Adelpretoを殺害したというもので、
       封建領主間の争いが激しく、それが原因だった様子ですが、解放され、

       その息子ブリーノ・Brinoは政治的軍事的にも勢力を伸ばし、
       その後を継いだアッツォーネ・Azzoneは、
       アーヴィオの城も整え、フェデリコ2世皇帝の希望にもより、
       皇帝の副王でもあったエッツェリーノ3世ダ・ロマーノとも連帯、
       この一帯での重要な立場を持つ事に。

       1265年に亡くなったアッツォーネの後継がグリエルモ・Guglielmo
       で、ますます政治的軍事的に威力を持ち、ヴェローナのスカリージェリ家
       にも近づきますが、1320年後継者を残さず亡くなり、
       彼の財産は甥達の間で分割、という事に。

       ですが、その後も様々な困難を切り抜け、数世紀を
       カステルバルコ一族は存続し続け、ミラノ方面にも進出、
       カステルバルコ・ヴィスコンティ・シモネッタ・アルバーニという姓に!

       このアーヴィオの城は1977年、エマヌエーラ・カステルバルコ・Emanuela
       指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニの姪にあたるそうですが、
       FAIに贈ったのだそう。

       
       ええと、つまりです、何が本当に言いたかったかと言いますと、ははは、
       
       中世の、城の防御の仕組みが本当に良く残った城であるという事、
       そして経済的にも豊かで、城館内の装飾も優雅であるという事、で~す。
       



       3つ目の門をくぐり
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       銃眼というより、弓を射る窓から外を
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       城館部分に近づき、両側の壁が高まり、4つ目の門
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       門を潜って目の前に広がる、周囲の威圧する壁!
       右は床と境の壁部分が落ちているのですが、暖炉部分や、
       壁の祭壇部も見え、
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       左下にフレスコ画が見えますが、後ほど。




       上の写真の右側はこんな様子で、主塔に接し、
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       上でチラッと見えたフレスコ画ですが、これです。
       色が見え難いので少し濃い目にしましたが、
       白馬に乗った騎士と貴婦人ですね。優雅!
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       このフレスコ画の下の、アーチ越しに見えた植物のフレスコ画
       わぁ~お!
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       遂に一番奥の城館部に入った訳で、この建物は領主館の
       一番東(右側)の外壁ということになりますが、

       植物状のフレスコ画は1階部分で、2階には布の柄が一面に
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       上の写真の向かい側に当る、2階の布の柄
       左に斜めになって延びる壁にもフレスコ画の名残が。
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       潜ってきたアーチの内側にも、植物の柄
       こういう柄は本当に優雅ですよね。 
       女性達の部屋ででもあったのでしょうか?!
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       城壁側との境にアーチの仕切りがあり
       1階部分はこれで仕切られていたのでしょう、
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       アーチ壁の向こうには地下へ下りる石段があり、
       最初は真っ暗で降りる気もしなかったのですが、ははは、
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       城館見学が済み出て来ると、案内の人が、下は倉庫で降りれますよ、
       との事で、その時は明かりも見えたので降りてみました。
       大きな倉庫が次々とあり、右側は閉まっていて見えませんでしたが、
       氷室があった、との事。




       横から低めのアーチを潜っていくと台所で、
       この大きなフードに驚き!!
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       一帯何人位住んでいたのか、とガイドさんに尋ねると、
       お城や要塞をたくさん持っていたから、そんなにたくさんでないと思う、
       との事ですが、それでもねぇ、この大きさだとすると、
       何頭もの豚ちゃんもグリル出来そうですよね?!




       中庭から見る主塔
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       さて、領主館の中に
       この左の壁の外側に、植物柄と布柄のフレスコ画が残っていた部分で、
       中から見上げる壁が異様に高く感じおまけに薄暗く、大変な威圧感!
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       真ん中上に見えるのは暖炉の跡、上部で、
       この部の煙突が残っているのを後ほど。




       遠くの壁に残っていた、祭壇画の窪み
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       反対側の壁。 この先は天井が低くなり、その高さの違う部分に
       黒い板壁で覆いがあるのが見えますか?
       時代毎の修復の蓄積がここにも見れます。
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       領主館の一番西端の大きな部屋。 
       ここにも柄のフレスコ画が2階部分と、窓にも同じカーテン柄
       四角い穴が続くのは、2階の部屋の床部分の梁があった場所。
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       そしてその外側に、かっての礼拝堂の壁画が残る壁の一部が。
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       下は、最初の門をくぐって上って来た所の、城の下の部分。




       細長い中庭はこんな様子で、右が領主館の部分で、
       幾つもの壁、アーチで仕切られ、左は主塔に至る石段部分。
       手前に見えるのは中庭の井戸で、
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       この下に、地下倉庫の氷室があるのですって。
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       主塔に上りますが、ここが塔の入り口
       とはいえ、塔は11世紀に出来たものの、この入り口がついたのは
       後年の事で、最初は塔の入り口の左の壁に見える窓、
       あそこから梯子で出入りし、梯子は使用後は中に仕舞っていた、と。
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       こんな階段で上に上ります、確か3回梯子を上ったと!
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       最初の階には窓がひとつあり、これはそれよりも上階の窓
       壁の厚みにご注目!
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       そして辿り着いた上階、「愛の部屋」と呼ばれるフレスコ画装飾の部屋!
       塔のこんな上に、こんな優雅なフレスコ画があるのなんて初めて!!
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       窓を挟み、右に半分欠けて分かり難いのですが、
       馬に(犬ではおまへん)乗り、弓を持った人(騎士だったっけ?)が描かれ、
       窓の左の貴婦人は矢を払いのけ、掌にはワンちゃん
       つまり、男の愛は変わりやすく、そうそう、ははは、
       犬は忠実のシンボルなんですって。

       天井部分には、膝まづく人の姿と、右は誰だったっけ、聞いとりません、へへ。
       shinkaiが面白いなぁと思ったのは、天井の肋骨部分の描き様が、
       ちゃんと一番のデッパリ部を白く、膨らんでいる様に描いている所。




       この左に続く場面には、愛の矢で射られた
       幸か不幸か分からぬ貴婦人がいて、
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       向かいの壁には、馬上の騎士と接吻する貴婦人の姿。
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       14世紀中頃の、ヴェネトかエミーリアの画家だろうというのですが、
       洗練され、愛の寓話に満ちた宮廷画で
       むむ、一体誰がこんな部屋を、何の理由で、こんな場所に作ったんだぁ?!




       「愛の部屋」の隅に、まさに梯子階段があり、上の物見の部屋に
       つまりここが塔の最上部で、一段と高い見回りの段に上れ、
       ぐるりとほぼ一周する事が出来ます。
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       見張り窓から見る北の山
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       塔から見下ろす領主館の屋根と、右に城の入り口、
       そしてピカドーラの塔
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       上の写真左に切れたのが、領主館の屋根からの煙突
       館の2階部分の暖炉の上部のみ残っていた場所ですが、
       煙突の先の形が、どこか古めかしく趣がありますでしょ。
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       城の一番の高所から見下ろす、麓の村サッビオナーラ
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       アーヴィオの中世からのお城のご案内
       お付き合い、有難うございました!
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     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、詰めの2枚と、 カルページカ村のたそがれ色 を
       アップしています。    
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     *****

       ◆ お知らせ ◆

       11月22日から27日に開催の、広島の三越での個展が迫りました。
       もしDMを送って欲しい方が居られましたら、コメント欄の
       「管理者のみに閲覧」にチェックを入れ、住所とお名前をお知らせ下さい。

       今までに届いている方は、お知らせが無くとも大丈夫です。
       来週辺りには届くと思いますので、宜しくお願いいたします。



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       いつもブログご訪問、有難うございます!     

   
       


       


by italiashiho2 | 2016-10-30 22:26 | ・トゥレンティーノ・アルトアディジェ州 | Comments(2)
2016年 10月 21日

   ・・・ スコミーゴ村 秋の色 秋の空気 ・・・

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       この日曜の午後遅め隣村まで歩いて後、カメラを持ち
       再びいつもご覧頂いている葡萄畑のほうに。

       ちょうど午後の4時半頃で、翌日からずっと雨の予報でしたし、
       煌くような良いお天気の下での黄葉を撮って置きたかったのですね。

       上の写真は、我が家からだらだらと坂を下って行った所にある
       並木で、何の木かな、この向かい側には何度か見て頂いた
       シナノキの並木が続きます。

       既に陽が傾きかけていて、並木がくっきりはっきりの陰影をつくり・・。
       
       
       

       向かい側のシナノキの方は、黄葉のこの色!
       逆光に煌き、鮮やかな黄金色。
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       と見ると、前の草原に2匹のワンちゃんを連れた散歩のシニョーラ
       こっちからカメラを見せると、OKと頷いてくれたのでこれを撮り、
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       傍に行って写真を見せ、ついでにちょっとお喋りを。
       黄葉を撮っているのか?と言うので、そうだと言うと、
       ・今どこが一番綺麗か知っている? 昨日の夜と今朝まで
        カンシーリオに行ったんだけど、今朝は凄い霧で・・、
       ・そう、この辺も霧だった、   
       ・その隙間から見えてきた黄葉、そして陽が当りだしての美しさは、
        本当に素晴らしかった! たくさんカメラを持った人が来ていた。
       ・私の友達のジョヴァンニも、しょっちゅうカンシーリオに行くので、
        あそこが素晴らしいのは良く聞いている。  

       話している傍で、2匹が行ったり来たり。
       その内にシニョーラが、こっちの彼女の目はとても素晴らしいのよ
       という事から、名前を呼び(エッラちゃん)撮った一枚。
       傍に寄りすぎて影に入り、自慢のお目めの輝きが良く見えないねぇ! ははは。
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       という事で、黄葉の道を去っていく一人と2匹
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       朝はこの秋一番の、かなり深い霧だったのですが、
       太陽が強くなると共に霧は収まったもののまだ遠くの方は靄がかかり、
       隣のオリアーノ村の教会もこんな感じ
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       葡萄の収穫は済んでいますが、剪定はまだの畑が多く、
       とはいえ、来る前に歩いた畑の半分は既に剪定が済んでいて驚きましたが、

       こうして家の近くの葡萄畑を見て、今年初めて
       葡萄の葉が違う事に気が付きました!
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       ほら、ここのは葉の葉脈もごつい感じがするでしょう?




       そしてこちらがいつも良く撮っている方の葡萄畑の葉で
       柔らかい感じでしょう?
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       勿論、葡萄の種が違えば葉の様子も違うのは当然なのかもですが、
       それにしても、かなり大きな差があるのに気づき、驚き!




       柿の実もかなり色付いて来てい、
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       こちらは葡萄畑の間の道を入り込んだ所にある、野生のリンゴの実

       こうして撮ると大きな実に見えますが、小ぶりの実で、
       下のは何かにやられ、しぼんでいて、
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       こちらはすっかり葉が落ち・・
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       並んでいた細い木の赤い葉。 
       近寄ってみると、ほらね、凄い虫食い葉!
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       草原にほんの少し、まだ咲き残っている花々
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       逆光に輝く、猫じゃらし!
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       タンポポの落下傘部隊もかなりの数撮ったのですが、

       離れるには未練を残しているようで、ははは。
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       そして、タンポポの茎ほどの体の太さのバッタ君と
       上にも何か小さな虫君。
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       傾斜地から見る、オリアーノ村の丘、葡萄畑と木々と
       如何にも、秋の光線でしょう?!
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       隣の葡萄畑の、傾斜にそっての畝の曲がり
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       今年一年頑張ってたくさんの実を付け
       収穫が済み、なにやらホッとしているかに見える太い葡萄の幹!
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       赤く見える枝が、この春延びて葉を付け、実をつけた枝。
       ご苦労さん!! 有難う!!と感謝とねぎらいの気持ち。



       葡萄畑の間の道を入ってじきに、遠くから子供の声が聞こえるのです。
       何でこんな所で?とは思ったものの、近くの農家の子だろうと。
       逆光が強く、奥のほうは陰に入って見えないままで、
       あれこれ撮りつつ、行きつ戻りつ傾斜地を下っていき、

       漸くに近づき、自分も陰の中に入って分かったのは、
       畑の奥の部分、林の木立の陰に入りやすい部分の
       葡萄の収穫をしているのでした。
       子供たちは親の近くで遊んでいる、その声だったのですね。
              
       スコミーゴ村の葡萄摘みが始まった、と知ったのは9月22日で、
       その後の1週間ほどがピークでしたから、約1ヶ月後です。

       やはり畑の日当たりの条件によって随分違うもの、
       しかも同じ畑でも、こんなに違うのだと、改めて納得でした。



       取り残された、小さな房!
       そう、収穫するには如何にも小さな房ですものね。
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       葡萄畑の緩やかな坂を上り道に出て、家に戻ります。

       戻り道から見るオリアーノの丘
       一段と秋の色が深まったかのように感じる、シンプルshinkai!ははは。
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       シナノキ並木の落ち葉
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     *****

       この水曜19日早朝からグループのバス日帰り旅行で、
       トレントの古城2つ、アーヴィオ・Avioと、べゼーナ・Besena
       見学してきました。

       終日雨との予報に関わらず、靄がかかる薄曇ではありましたが、
       それでも時に太陽が覗く、ありがたいお天気となり、
       しっかり、予想通りの素晴らしいお城を見て参りました。

       頑張って写真整理をし見て頂くつもりですので、
       どうぞお楽しみに!



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、詰めの2枚と、 古い小さな村の猫たち を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
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by italiashiho2 | 2016-10-21 00:02 | ・スコミーゴ村の四季 | Comments(10)
2016年 10月 16日

   ・・・ イタリアで一番美しい 10の村々 ・ サイトから ・・・

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       先日偶然「イタリアで一番美しい10の村々」というサイトを見つけ、
       既に知っている場所もあり、初めて知る名もで
       とても興味深く思ったので、それを今日は皆さんにも!

       サイト名は、mondointasca - giornale on line di turismo e cultura del viaggiare
       ポケットの中の世界 - 観光旅行と文化の為のオンライン新聞
       
       魅惑的な美しさを持ち、皆さんに発見され評価されるに値すると
       思われる、10の村々をここにご案内

       というサイトの紹介文に相応しく、
       「小さな美しい村々」として既に有名な町村以外の、
       まだ余り知られていない、でも・・!という10の町の紹介ですね。

       という事で、北から南のシチーリアまでの10の村々の写真が
       1枚ずつ載っているのですが、州と町名だけではピンと来ませんよね?
       
       というよりもshinkai自身が知りたいものですから、ははは、
       どこにある町かの地図と、写真ももう一枚探し、ここにご披露を。
       短い紹介文はサイトにあったものです。

       サイトではボルゴ・Borgo(複borghi)村となっているのですが、
       これはイタリアでの慣習ですので、ここでは町とご紹介致しますね。


       1.チヴィダーレ・Cividale フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州
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       ジュリオ・チェーザレ(シーザー)によって興された町で、
       ユネスコの世界遺産の指定を受けている。
       魅惑的な町で、例えば写真の悪魔橋・ポンテ・デル・ディアーヴォロに
       伝わる、最初の通行者(実は猫)が、橋を造った悪魔の犠牲になった等
       たくさんの言い伝えがある。




       地図をどうぞ
       ウーディネ・Udineから私鉄道が連絡。
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       ロンゴヴァルド文化がしっかり残っている町で、国立博物館もありますが、
       この小神殿・テンピエットも大変美しく、町訪問の際はお見逃しなく!
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       チヴィダーレには以前何度も行き、何度かご紹介しています。
       こちらからどうぞ。




       2.ヴォゴーニャ・Vogogna  ピエモンテ州
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       ヴァル・ドッソラ・Val d'Ossolaに位置する住民1702人の町。
       中世からの町で、写真のお城は町よりも高い位置にあり、
       ほぼ円形の塔は町のすべてを睥睨する。





       地図をどうぞ。
       2つ見える湖の右はコモ湖、左はマッジョーレ湖で、
       ヴォゴーニャはそこから西に。
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       サイトで写真を探し見つかったのがこれで、随分昔、
       まだイタリアに来て間もない頃に雑誌で見つけた写真に惹かれ、
       切り取っていたのを懐かしく思い出しました。
       確かに行ってみる価値はありそう!!
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       3.ベッラージョ・Bellagio  ロンバルディア州
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       町はコモ湖に飛び出した先っちょに位置し、休暇を過ごすのに
       最適な事で知られ、北の山越しにアルプスが望め、
       コモ湖南の散策に適した色彩豊かな町である。




       地図は上のヴォゴーニャと同じもので、よくお分かりと。
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       もう一枚の写真は、湖から町の反対側を
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       生憎の曇り空の日でしたが、町の周遊のご案内は




       4.テッラーロ・Tellaro  リグーリア州       
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       この町はラ・スぺーツィア・La Spezia湾に位置する町村の中で
       一番魅力的な町の1つで、有名なチンクエ・テッレ・Cinque Terre
       からも遠くない。
       町は岩礁の上にあり、細い道を辿り背後の山にも行ける。
       



       地図をどうぞ。  左端切れて囲った場所がチンクエ・テッレで、
       確かに近いですが、行くとなると別ですね、これは・・。
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       今日のトップは、サイトにあったテッラーロの写真でしたが、
       いささか味気ない写真で、町紹介のも何か良く分からない感じ! 
       という事で、トップと同じ位置からの美しい写真をどうぞ。      
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       5.ソラーノ・Sorano  トスカーナ州
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       凝灰岩が掘られた上にある小さな町で、トスカーナのグロセット・
       Grosseto市にある。
       魅惑的な造りと古くからの趣のこの町は、エトルスクの証言に満ち、
       ヴァッレ・デル・レンテ・Valle del Lenteの傾斜地にある。




       地図をどうぞ。  左に見える薄いグレイの点線がトスカーナ州と
       ラツィオ州の境で、右上をかすめるのがウンブリア州。
       ソラーノの町はトスカーナの南東に位置します。
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       美しい夜景写真をどうぞ
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       この町にはピティリアーノから日帰りで出かけ、町中の美しさは
       知っていましたが、今回写真を探していて、
       町の対岸からの特殊な造形美の美しさにも感嘆しました。
       次回の為にインプット!
       
       町のご案内は




       6.カプラローラ・Caprarola  ラツィオ州 
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       カプラローラはラツィオ州の火山湖であるヴィーコ湖の 
       傍らに位置する。
       ここでは美しい風景と共に、素晴らしいファルネーゼ邸の庭園、
       そしてサンタ・テレーザ教会ではヴェロネーゼ・Veroneseや、
       グイド・レーニ・Guido Reniの絵画の鑑賞が出来る。




       地図をどうぞ。
       町にはヴィテルボ・Viterboから連絡
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       町の景観の美しさは我がブログでご案内していますので、
       ここではファルネーゼ邸の入り口からの眺めを
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       ブログでのご案内 カプラローラの町  

       ファルネーゼ邸 その1~3




       7.スペルロンガ・Sperlonga  ラツィオ州
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       海の町、自然のオアシスであるほかにスペルロンガの町は、
       海に突き出す岬に位置するたくさんの家々の眺めで魅惑し、
       幻惑する。 いくつかの見張りの塔の存在で分かるように、
       ずっと要塞化された町であったとみなされている。
       



       地図をどうぞ。  現在は道路状況が良くなり
       ローマからも楽に行ける場所となったと。
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       この春この一帯に出かけ、スペルロンガの町も散策しましたが、
       残念、この一廓を見ておらず、サイトで写真を見る度に・・・!!
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       町のご案内は




       8.フローレ・Furore  カンパーニア州
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       この町の美しさは何年も前から様々な観光協会によって知らされ、
       1997年にはアマルフィ海岸一帯がユネスコの世界遺産に指定された。
       と共に、イタリアで一番美しい村々クラブ、ワインの町協会、
       描かれた町協会にも加盟、2007年にはプロジェット・エデン・
       Progetto Edenで表彰された。

       描かれた町協会、というのは、町村の家の壁に壁画を描く企画で、
       通りが賑やかになり、観光の人々が集まる利点もありますが、
       何でも描けば良いというものではない、と思う事も、はい。
       古い町の美しい年月を経た壁が、下手な壁画で潰されるのは哀しく、
       町の趣が一変してしまう面もありますから。

       プロジェット・エデンというのは、どうやら観光客誘致の為の
       様々な企画をし、実行するものの様子。          




       地図をどうぞ。  アマルフィ・Amalfi とポジターノ・Positanoの
       中間にあるのですねぇ。
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       上の凄い眺めの写真から、どういう状況にあるのかと思いましたら、
       海が細く岩礁に入り込んでいる様子なのを見つけましたぁ!
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       9.カステルサルド・Castelsardo  サルデーニャ島・Sardegna
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       カステルサルドは自然の素晴らしさである。半島の頂上に位置する
       ドリア家の城に至る細い道、急な坂道の特徴ある、
       中世からの町がとても良い状態で保たれている。




       地図をどうぞ。 サルデーニャ島のサッサリ・Sassariに近く
       北に見える島は、フランス領コルシカ島。
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       上の写真の、山の頂上の城の写真を探しましたら、これひとつ!
       物凄い岩と城の区別がつきますか?!
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       10.カステッランマーレ・デル・ゴルフォ・Castellammare del Golfo シチーリア島
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       カステッランマーレ・デル・ゴルフォの町は、トラーパニ・Trapaniの
       湾に面し、12世紀のノルマン族の征服期に端を発する町。
       この町からの素晴らしい海の色の眺めは驚異的であり、
       まさに空と海が混ざり合うようである。




       地図をどうぞ。  パレルモの西、湾の奥に位置するのですね。
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       上の写真ではちっとも町の良さが分かりませんので、ははは、
       探しましたぁ! 
       これで海に飛び出す要塞城も、古い町の造りも
       海の色の素晴らしさも分かりますね。
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       如何でしたか?
       お気に入りになりそうな、小さな美しい町は見つかりそうでしょうか?

       う~~ん、シチーリアにも、他にも行ってみたい所ばかりだなぁ・・!!

       
 
     *****

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by italiashiho2 | 2016-10-16 00:03 | ・イタリア全般・番外編・ご挨拶 | Comments(4)
2016年 10月 01日

   ・・・ ヴォルテッラの中心ちょっぴり と プリオーリ宮 ・・・


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       さて漸くに写真の整理を済ませまして、へへ、2年越し、
       今日のご案内はヴォルテッラの町の中心のプリオーリ広場
       Piazza dei Prioriの様子と、
       広場に面して立つ13世紀のプリオーリ宮・Palazzo dei Priori
       現市役所の内部見物を。

       上の写真はプリオーリ広場の東側と南側
       東の建物にある塔の名はちょっと面白いので、ご留意を。

       こうして眺めると表面は古い建物の面影を残しているのですが、
       外側にはたくさん雑草も生えていて、ははは、
       内部は近代になって住居に改装されたり、たくさんの事務所が
       入ったりしている様子で、ちょっと調べても建物の名前も出ません!

       プリオーリ広場一帯の詳しいサイトを見つけましたが、
       建物の歴史や名前と共に、町の歴史に関わる一族や人物の名がずらずらで、
       ここでは必要最小限にとどめ、他はパスにしますね。




       東側の大きな建物と、その装飾
       内部はあれこれ公共の事務所に使われたり住居の様子ですが、
       こういう外はそのまま、というのも古い建物保存には素敵ですよね?!
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       広場の西を占めるプリオーリ宮、現市役所
       1208年に建設が始まり、13世紀中頃に完成したもので、
       リッカルド・ダ・コモ・Riccardo da Comoの作と。
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       こうして見ると、フィレンツェのヴェッキオ宮に似ていると思われません?
       ですが逆に、ヴェッキオ宮がこれをモデルにしたと言われ、
       確かにヴェッキオ宮が建設され始めたのは1299年、
       完成は1314年とヴォルテッラのよりも遅く、
       トスカーナ全体で、政庁としての建設物では一番古いのだそう
       
       13世紀にはこのプリオーリ宮のみならず、町にたくさんの家々、
       塔を持つ家や貴族の要塞風の住まいも作られた様子で、
       町の経済の発展もあったのと同時に、
       13~14世紀にかけてはこの町も他と同様、皇帝派(ギベッリーニ)と
       教皇派(グエルフィ)との抗争も激しかったと。     

       そして1472年、ヴォルテッラが自由都市からフィレンツェに下り
       このプリオーリ宮も大きな改修がされたのだそうで、
       どうやら手前にロッジャ、集会所があったのも打ち壊され、
       右側にあった2つの入口も潰されたのだそう。

       上に見える塔は最初は木製だったそうですが、15世紀に今の形に、
       そして建物上階のレース飾りも同時に。

       右に切れてチラッと見える白黒の縞模様は、
       この背後にある聖堂への入り口がここにあります。




       正面の壁にたくさん架かる碑、紋章は、町の行政長官の物
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       プリオーリ宮と呼んでいますが、プリオーリとは行政長官たちの事で、
       建物のまたの名は、カピターノ・デル・ポーポロ宮・Capitano del Popolo・
       民衆の長官といい、やはりフィレンツェから派遣された行政長官を指します。




       建物の左右に位置するライオン像、右側は古く、左は新しいですね。
       が、いずれもライオンはフィレンツェ領有のシンボル。
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       広場の北側はこの建物ですが、ヴォルテッラの銀行の建物に。
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       プリオーリ宮の前で演奏していたカップル
       お2人ともカッコ良いでしょう?! でもね、演奏は下手だったすよ。
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       広場の南にある建物には、この町特産のアラバスター・雪花石膏
       展示会場があり、その看板。
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       アラバスターは大理石に透明度を加えたという感じの石で、
       白さが奥から輝くような、大変美しい物。

       町の小路を歩いていてふっと見ると、窓の中に小さな工房があり、
       作品作りをしている職人さんもいましたっけ。




       さて、プリオーリ宮の見学にどうぞ!
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       入り口を入ると交差ヴォルト・穹窿の天井にフレスコ画装飾で、
       周囲の壁には所狭しとかっての行政長官たちの紋、碑が。
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       奥の隅には井戸も見えます。
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       この天井装飾の柄はshinkaiが大好きな物で、
       他の建物でも何ヶ所か見た記憶がありますから、
       案外当時のお決まりの文様だったのかも。
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       上階への階段を辿ります
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       壁にある聖母像。 デッラ・ロッビア工房の作品と。
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       ここが大会議室・Sala dei Maggior Consiglio.
       大変美しい装飾ですが、19世紀に改修されたものの様子。
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       これは部屋の後ろ側半分。
       実は写真禁止と一応出ていたような気がしますが、
       部屋の入り口にいた切符売り場の男性が、私の前にいたカップルと
       なんだかんだと話しているのを良い事に、ははは、
       パシャパシャとやった次第。




       こちらが前半分で、きっと現在も様々な会議に使用されるのでしょう。
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       正面の「受胎告知」は14世紀のイヤーコポ・ディ・チョーネ・オルカーニャ・
       Iacopo di Cione Orcagnaの作と言いますが、
       積年の変遷で傷みが激しく、これは剥がされてキャンバスに移された物だそう。

       右に見えるのは「カナの結婚」16~17世紀の僧侶・画家ドナート・マスカーニ・
       Donato Mascagniの油彩と。




       部屋から見下ろす広場の様子、東南の隅
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       確か隣の部屋も見れた気がしますが、記憶に残る物は無く、
       上の塔に上りに行きます

       が、階段の手前に赤いロープ、通行禁止のロープが張ってあり、
       どう行くのかと先ほどの切符売り場の男性に聞きに行くと、
       そう、まださっきのカップルと喋っていたのですよ、まったくぅ!
       ロープを外して通ってくれ、って!

       そうそう、それで思い出しましたが、さっきのカップルは、
       確か入場料をまけろ!というのがお喋りの発端だったと、ははは。
       あの会議室は下から上ってきて覗いてみるのは無料で、
       入って見て、上の塔に上がるのは5エウロなんですね。
       それで階段の手前に、そのまま無料で上がらぬ様に赤いロープがあったわけ!

       上に上がると広い部屋で、見張りの若い男性が一人いて、
       塔の上は狭いのでと、先の見物人が降りるのを待って、どうぞ。



       さて塔の上から、先ほどの広場の東南角の建物と、塔
       屋根が見えると、建物の厚みも分かりイメージが違いますね。
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       ほら、塔の上部に何か見えるでしょう?




       何だろ?!と撮ったのがこれ! 子豚ちゃん!
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       もっとも「子豚」と分かったのは、下の部屋の男性に訊ねてからで、
       なぜ子豚がここにいるのかは、未だに疑問。

       今回これを書くのに、覚えていたのが確かかどうか探し回りました!
       上記しました様に物凄く詳細なサイトが見つかり、
       確かにこの塔は男性が言った通り「子豚の塔・Torre del Porcellino」と
       呼ばれているのも間違いなく、
       しかも持ち主だった一族の名はトーピ・Topi・ネズミ(複)と判明!!

       この塔は1224年9月14日、コムーネ(市)に売っている事も分かり、
       売主はジュゼッペ・ディ・エンリーコの妻ゲラルデスカ・Gherardescaで、
       その続きもあれこれあるのですが省略し、
       トーピ・ネズミたち、という姓はエンリーコの妻の姓で、
       この塔の家はきっと結婚の持参金だったのだろうと推察

       ネズミの家に子豚?! 

     ◆ 追記です。
       mitsuさんからコメントを頂き、改めて「豚」に付いて調べましたら、
       捨てる所が無い、と言われるほど有用な豚は、
       多産、肥沃、豊かさのシンボルである事が分かりました。
       なので、トーピ家としても、一族子孫繁栄を願って
       子豚ちゃんの像を塔に取り付けたのでしょうね。

       歴史の片隅を突つき、今回出てきましたのはネズミと子豚ちゃん!
       ははは、中世は何が出てくるのか分からず、が楽しいのですね。




       広場南の建物の角とその奥の古い家並み
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       南側
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       奥の林の向こうに見える丸い塔は、




       これ、メディチ家の要塞
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       上にプリオーリ宮が改装されたのは、ヴォルテッラの町が
       フィレンツェに下った1472年、と書きましたが、

       それまでもヴォルテッラの町はフィレンツェに付くか、
       それともシエナやルッカと連携するかと、様々に揺れていた様子。       
       それに最終的な断を下したのは、ロレンツォ・イル・マニーフィコ
       偉大なロレンツォ・デ・メディチ・Lorenzo de' Medici,
       彼は当時まだ23歳のフィレンツェのシニョーレ・領主。

       その2年前にヴォルテッラ近郊で明礬鉱が発見されましたが、
       当時のフィレンツェで盛んだった高級羊毛染色の色止めに必要な
       明礬は、国外からの高価な輸入品のみだったのが、
       近郊で採掘できるとなるとほって置く筈がなく、

       当初ヴォルテッラ貴族間で争いの種となったのに、
       ロレンツォは一貴族インギラーミ・Inghiramiの肩を持つ風を装い、
       割り込みます。
       
       その命を持ち町にやって来たのが、フェデリコ・ダ・モンテフェルトゥロ
       Federico da Montefeltro、そう、ウルビーノにルネッサンスの宮廷を作り、
       文化保護の代名詞みたいに伝えられるお方ですが、ははは、

       報酬次第でどこででも働く傭兵隊長である彼は7000の兵を率いており、
       町を鉄と火で破壊、残酷きわまる略奪をし、
       殆どの塔の家(貴族、金持ちの家)を打ち壊したといいます。
       で、町を完全に統御する為に、メディチ家は大きな要塞を造ったという訳。

       この後ヴォルテッラの町はフィレンツェの元に下り、
       フランス軍の下に下ったりの変遷の後、またフィレンツェ大公国の元に。
       16~17世紀にかけ経済の落ち込みやペストの2度の襲来、旱魃と
       人口がぐんと落ち込みますが、

       19世紀になって岩塩の工業化、そしてアラバスターの仕事と
       漸くに繁栄を見て19世紀半ばには、人口が1万1千人に。

       現在も一万人ちょっとの人口の様ですから、あまり・・!
       
       岩塩の町 サリーネは、       




       再度塔の上からの眺めに戻りまして、
       北から北西への眺め
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       先日見て頂いたサン・ジミニャーノからの行程は、
       この眺めの中を、という事になるわけですね。
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       西に。 すぐ背後の聖堂と鐘楼、洗礼堂、そして西の眺め
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       下の写真の中ほどに見える小さな町がサリーネの町。




       塔の天井には鐘が下がっていまして
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       一人が通れるほどの狭い階段の上り口の周囲も
       ご覧のように2,3人でいっぱいの狭い場所
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       それでも高上がり大好き人間は、上ってしまったらこっちの物よ!
       とばかりに、ははは、あっちにこっちと喜んで撮っていましたら、

       下から「プリーズ! プリーズ!」と声が
       でもまさか英語で呼ばれているのが自分とは思わず、ははは、
       暫くしてハッと時計を見て12時なのに気がつき、
       そうか!!と階段を下りようとした途端、
       頭の上で「ガーン! ガーン!」と鐘の音、ははは。
       正午の鐘が鳴るのを知らせてくれていたのでしたぁ。




       さてプリオーリ宮を出て、広場の東南角からの通り、
       プリジョーニ通り・Via delle Prigioniを少し辿ります。
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       プリジョーニというのは監獄の意ですから、
       何かあるかと探しましたが、見つからず、
       でもどこかこの通りに監獄があったはずですね。
       



       通りの名に相応しくない、はは、優雅で可憐な街灯と、
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       出合ったお高そうなワンちゃんの写真で、今回はお終いに。
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       ヴォルテッラの町は、鉄器時代には既に移殖が始まったといわれ、
       優に3千年を超す歴史を持つ町で、
       取り分け名高いのはエトルスク文化の宝庫の町として。
       ここのエトルスクの博物館は今回も訪問しましたが、
       収容品の素晴らしさもあり撮り過ぎて、いまだ写真整理が・・。

       ご説明できるほどエトルリア文明に詳しくありませんが、
       折角ですので何とか頑張って、ご案内したいと思っています。
       次々回くらいにはなんとか・・、お時間を下さいませませ。


       
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by italiashiho2 | 2016-10-01 03:19 | ・トスカーナ州 | Comments(10)
2016年 09月 21日

   ・・・ サン・ジミニャーノから、ヴォルテッラへの道 ・・・

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       2年前の9月中旬、ヴォルテッラ・Volterraに行ったのは
       サン・ジミニャーノ・San Gimignanoからでした。

       写真を整理してみると、大変素晴らしい景色であったのも
       思い出し、今日はこの時の様子をご覧頂きますね。

       町の駐車場から出て、宿の主人から教えて貰っていた通り、
       そして道の標識通り左へ、西に向う道を辿りましたが、

       上の写真は町を外れて暫くしての、
       北からのサン・ジミニャーノの町の眺め
       

       美しき塔の町 サン・ジミニャーノ

       サン・ジミニャーノの朝  雲海の朝焼け



       行程図をご覧下さい
       グーグルでは3通り出たのですが、あれこれ考えると、
       上から西回りにヴォルテッラに連絡するグレーの道
       44分 32,6km という道でした。
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       というのも、ヴォルテッラの町に西下から近づき、
       町の北側の崖が落ち込んでいるのを見ていますし、
       ヴォルテッラの滞在後モンテリッジョーニ・Monteriggioni
       に向かった時は、南を辿るブルーの道を通っており、
       まるで違う眺めだったのをよく覚えているからです。




       同じ行程図を衛星地図で
       トスカーナのあの波打つ丘陵地帯を見つけるために
       衛星地図を見るのですが、この一帯はこんな感じ。
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       緑色以外のベージュ色の丘が細かく波打っているでしょう?
       これがなんとも言えない趣の風景を見せてくれるのですね。




       写真の前後を弄らず、辿った順に見て頂きますので、
       ごゆっくりと秋の気配の風景をお楽しみ下さいね

       写真は行程の関係でどうしても逆光の位置になるのが多く、
       色の発色がイマイチですが、ご容赦願います。


       ここでは農家が何軒か見えますが
       後には殆ど農家も見えません。
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       草を刈ったと思われるのですが、
       こんなに黒い、巻いたもの。
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       雲間からこぼれる陽と、荒れ土と
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       右に薄く緑が見える地には、麦畑のトラクターの跡
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       ここも多分麦畑
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       多分サン・ジミニャーノの町の遠望
       他に、この一帯にこれだけの町はありませんもの。
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       広い畑の真ん中に一軒屋がぽつんと
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       この辺りは、オルチャの谷の景観ともまた違う
       荒い雄大さとでも・・。
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       あの三角の山が道を行く毎に、姿を見せます。




       刈り取られた草と、影色の土
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       ここのは土の影色の暗さと思うのですが、
       時に同じ畑でも、クッキリと土の色が違う事があり、
       なんとも言えない不思議さで見つめます。




       この広さ、このなだらかさ!
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       丘の向こうに見える家は、上で見て頂いた農家
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       トラクターの跡が見えますね
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       ほらね、また三角の山
       道を進むにつれ、近づいたり離れたり、 
       そして光と影が移って行きます
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       農家が見え始め
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       この感じはオルチャの谷にも似ていますが、
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       そしてもう、ヴォルテッラの町の下
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       正面の崖の上、右に見える教会がヴォルテッラの町の西北にある
       サン・ジュスト・エ・クレメンテ教会
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       ちょうど訪れた年の春には雨が多かったのですが、
       町の中世の城壁が崩れ落ちたと言うTVニュースを見ていましたし、
       この時も、新らしい土の色が見えたので驚いたのでした。

       今こうして改めて見ると、
       左から突き出ている土地の崩れ様は、まさにカランキ・Calanchi
       と呼ばれる、シエナ東南部に見られる浸食地と同じですね。

       白タルトゥーフォと、雨上がりの緑のクレーター




       オルチャの谷の風景も雄大で美しいですが、
       このヴォルテッラ周辺の眺めは、また一寸特異な風景で、
       何十年前最初にバスで訪れた時にも、感嘆した記憶が残ります。

       フィレンツェやシエナからだと、コッレ・ヴァル・デルザ・Colle Val d'Elsaで
       バスの乗り換えで一寸不便かもしれませんが、
       ヴォルテッラに行かれる時は、町のみでなく
       この周辺の荒々しい雄大な景色も、是非お楽しみくださいね!!
       


     *****

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by italiashiho2 | 2016-09-21 00:05 | ・トスカーナ州 | Comments(7)
2016年 09月 11日

   ・・・ テアトロ・ロマーノ ・ ヴォルテッラ   写真追加・・・

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       今回ご紹介するのはトスカーナはヴォルテッラ・Volterra の
       テアトロ・ロマーノ・Teatro Romano.
       
       なぜ急に?とは仰って下さいますな、
       なぜか虫が起きて・・、としか、へへへ。



       ヴォルテッラの町は、シエナからポッジボンシを通って西に
       約54km 1時間の距離にありますが、

       町の地図をどうぞ.
       緑の線で囲った中心部から北に、
       中世に建設された市壁の門外に出た、傾斜地に位置します。
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       他に囲った部分は、テアトロ・ロマーノの隣の門、
       門の名はポルタ・フィオレンティーナ・Porta Fiorentina,
       町の有名なエトルスクの門・アルカ・エトルスカは町の南側に、
       エトルスク博物館は町の東側に。
       
       ヴォルテッラの朝の夜明けを。




       町に到着しホテルにチェックインした後、
       中心部を通りぬけ、このテアトロ・ロマーノに来た時は
       中に入らず、上の城壁の道から覗く形だったのですが、
       ちょうど夕暮れ時の陽が射しこみ、素晴らしかった!
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       上からの眺めだとほぼ全体が見れる高さで、
       真ん中からこちら半分がテアトロ・ロマーノ・ローマ期の劇場跡で、
       向こう側はその後に造られた浴場跡
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       現在残るローマ期の劇場跡では、大変に保存の良いもののひとつだと。




       翌日改めて見学に出かけました。
       27年前に一度来た事があり、その時の印象が強く残っていたのは
       やはりこの遺跡で、わぁお、ローマ遺跡がある!と
       無知度が大きかったshinkaiはひどく驚いたのでしたが、
       なにせローマ遺跡が残っているのはローマだけ、
       という程度の認識でしたし・・、ははは。

       以前の訪問時にはまだ整備されておらず、入場料もなしでしたが、はは、
       今回はちゃんと切符売り場もあり、5エウロ、
       道を辿って入っていくとこの様に見えて来ます
       少し曇り空で、写真の発色が悪いのが残念。
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       観客席の傾斜は、ギリシャ期の劇場のように、
       自然の土地、丘の傾斜を利用したもので、
       その観客席の上側に、13世紀に町の城壁が建設され、
       市壁の向こうに見えるのは町の家並み。




       平面図を見つけましたのでどうぞ
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       1.いわば天井桟敷に当たる部分
         観客席に連絡する11の入り口から行けたそう。
       2.観客席 上等席下から10列、並席上の9列で、
         座席の石はいずれもピニャーノ・Pignanoという当地産の凝灰岩
       3.オーケストラ席 ですが、このヴォルテッラでは町の著名人たちが
         ここを占領していたそうで、オーケストラと合唱隊は、
         説教壇と書いてあるので、舞台横にでも押込められた様子。
       4.舞台前部
       5.La fronte-scenaとあり、どう訳したら良いのか分からず、
         後ほど復元予想図をご覧頂きますね。
       6.柱廊 これは劇場背後の両側に後に建設された物で、
         後陣部分が飛び出した形。
       7.浴場部分 
       



       遺跡内部には入り込めませんで、観客席の上側の通路から
       見渡す感じで、移動します。

       今見える左の建物の壁と円柱の2階建て部分が、上の説明5で、
       右側は崩壊していますが、回収した石材で再建可能とか。
       その手前に舞台前部4があり、その手前真ん中に白と茶の石の部分が
       少し見えますが、ここがオーケストラ席3だったのが、
       ヴォルテッラでは町の権力者達が居座ったという、ははは。
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       舞台部で残っている上部と、右側の遺跡部
       舞台部の高さは15,5m、前面の長さは35,98mあるそう。
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       こうして見るだけではピンと来ませんが、
       復元予想図を見つけましたので、どうぞ。
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       素晴らしいですねぇ! というか、素晴らしかったのですねぇ!!

       観客席の上に見える布製のテントは、座席全部を覆える事が
       出来る様になっていたのが、支え部分の発掘で分かっているそうで、
       観客席は全部で1800~2000人収容できたそう。
       イタ版ウィキには、最高で3500人と書いてありましたが。
       この大きさの劇場では、トリエステにあるのとほぼ同じと。

       この劇場が造られたのは、紀元前1世紀から紀元後42年に
       存在したこの町の有力なカエチナエ・Caecinae家の2人、
       いずれも執政官であったアウロ・カエチナエ・セヴェーロと、
       ガイオ・カエチナエ・ラルゴの意思による物だそうで、
    
       ローマ皇帝で言うと、ちょうどアウグストとティベーリオの
       時代に当ります。

       3世紀の終わりになって劇場の方が放棄された後に
       その後部に浴場施設が造られたのだそう。

       


       観客席上部
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       観客席上部の後ろを通る通路
       この上に、13世紀に町の市壁が造られた訳です。
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       遺跡の草原に咲く野草
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       劇場背後に広がる浴場跡、楕円の部分にはモザイクも見えます。
       そして円柱の並び
       柱廊状に円柱が並んでいるので、浴場は内庭にあったのですね。
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       この遺跡が発掘されたのは1950年代、町の考古学者である
       エンリコ・フュゥーミ・Enrico Fiumiが指揮したもので、
       当時の町の精神病院の入院患者が幾人か働いたそう。



       市壁の上から覗く観光客。 ただ見だぁ! ははは。
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       夜のテアトロのイルミネーションを
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       この遺跡の舞台を使っての国際フェスティヴァルが
       毎年夏に行われるそうで、興味深い事でしょうね。


       テアトロ・ロマーノの開場は
       3月14日から11月1日まで 毎日 10時半から17時半
       11月2日から3月13日まで 土曜と日曜、祭日の10時から16時半
       



       ところで、このテアトロに付いて調べていて、
       関係者達はさぞや小躍りしているであろう、
       昨年7月の新発掘のニュースを見つけました。

       場所はテアトロ・ロマーノの横に位置する町の門から下って行った
       北にある、町の墓地に近い場所で、
       なんとローマ期のアンフィテアトロ・円形劇場、闘技場と
       見られる楕円形の遺跡の壁が見つかったのだそう!
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       歴史に完全に埋没し忘れ去られていたここの発見は、
       偶然にも水道工事をしていて見つかったもので、
       80mの長さの壁と2つの椅子
       工事の手法はテアトロ・ロマーノと同じもので、
       剣闘士たちの闘技場と見られ、
       この100年間における最重要な再発見と見られると
       
       さて、これからどの様に発掘するか、どの様に資金を見つけるか、
       さぞ関係者達は嬉しくも大変でしょうが、ははは、
       今の水道工事の方はどうなりますか?!
       



       所でテアトロ・ロマーノのすぐ横にある中世の市壁の門
       ポルタ・フィオレンティーナも、一緒にご案内しますね。

       城壁が造られた13世紀に一緒に造られた門で、
       外からの様子はこんな感じで、
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       続く城壁はこういう様子。
       背は高いのですが、門の壁をご覧になっても分かるように、
       この時代、中世の壁はそんなに厚くありません。
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       最後はテアトロの背後の城壁上から見渡す北の平野を
       夕陽を浴びて、谷にうっすらと靄が湧いているのです。
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       丘の向こう、平野の端にたつ教会サン・ジュスト・エ・クレメンテ
       San Giusto e Clemente.
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       ヴォルテッラに行くのに、サン・ジミニャーノからの道を行き、
       ちょうどこの教会の裏手を通り、教会に迫って切り立った崖が見え、
       その年の春の大雨で落ちたのかと気になったのでしたが、

       ウィキのサイトに写真がありましたので、追加です。
       これ!です、凄いでしょう?!
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       この一帯はバルツェ(複)・Le balze・崖、絶壁と呼ばれる
       独特の地形で、雨が粘土の層まで浸み込みやすく崩れるのだそう。
      
       現在の教会はサン・ジュスト・ヌオーヴォ・新サン・ジュスト教会と
       呼ばれもする18世紀の物だそうで、
       それ以前の教会は17世紀のバルツェで飲み込まれたのだそう!
       という事なども知りましたが、

       いやぁ、こういう土地に再建するというのも、
       キリスト教社会というのは凄いなぁ、と思った事でした。



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by italiashiho2 | 2016-09-11 01:14 | ・トスカーナ州 | Comments(6)