イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2009年 08月 24日

・・・ アーゾロを彩る女性ふたり ・ アーゾロ市立博物館 2 ・・・

      引き続き、有難うございます。
      こちらでは、アーゾロ市立博物館その2として
      キプロス女王カテリーナ・コルナーロの展示室
      そして彼女の館、アルティーヴォレのバルコ
      の様子をご覧いただきます。

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      ◆カテリーナ・コルナーロ  1  サイトより

       アーゾロの市立博物館所蔵の彼女の品は少なく、
       多少でも近しく感じて頂けるようにと思い、
       サイトから引きました絵画の写真なども追加します。
       
       ヴェネツィアのコッレール博物館所蔵
       このメダル(青銅製、直径75mm、作者不詳)は
       サイトの筆者も書いておられるように
       大変美しいので、まず最初に。

       レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた、
       イザベッラ・デステのスケッチを想起しました。
       サイトはこちらです。
       http://www.roth37.it/COINS/Corner/storiamonete.html
      


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      ◆アーゾロ市立博物館  1

       博物館3階の右の部屋は、
       カテリーナ・コルナーロ・Caterina Cornaro
       (1454-1510)関係の展示です。

       見難い写真で申し訳ないです。
       油絵なので、スポットライトが反射して・・。
       16世紀作 とだけ。
       
       カテリーナが1489年に
       キプロス王国をヴェネツィア共和国に譲渡し、
       ヴェネツィアに戻って来たのを描いており、
       同じ主題のジェンティーレ・ベッリーニの絵が
       ヴェネツィア・アッカデミアにある様子。

       この絵はたいした出来ではありませんが、
       面白いと思ったのは、カテリーナと侍女が
       画面の右端に追いやられている事。

       カテリーナは、ヴェネツィア共和国の
       養女の身分でキプロス国王に嫁ぎ、
       1年もたたずに夫、国王が死亡、
       生まれた男子も1歳にならぬ内に死亡。

       その後の内外の大混乱の中で15年間統治した果て
       (とは言え、ヴェネツィア共和国の舵取りの元に)
       キプロス王国を差し出した という女性で、
       この絵においても、
       カテリーナの存在がどうであったかが、
       良く分かります。

       地中海制覇を目指すヴェネツィア共和国にとり、
       キプロス島を得るこ事は、何にましても・・!
       彼女は、キプロスを謙譲したのと引き換えに
       アーゾロの領土を貰い(但し彼女一代限り)
       この地に宮廷文化を齎した、といいます。


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      ◆カテリーナ・コルナーロ  2  サイトより

       ベルガモのアッカデミア・カッラーラ絵画館蔵
       カテリーナが、女王廃位を告げられる場
       19世紀 フランチェスコ・ハインツ作

       実は彼女について、Medioevo という雑誌に
       キプロスの最後の女王、と題する記事が載り、

       オリエントとの交易で富を成した家系の事
       彼女の叔父は、キプロス島に砂糖畑を持ち
       国王にかなりの貸付けをしていた事
       当時15世紀のヨーロッパ宮廷においても
       白砂糖は、白い金としてもてはやされていた事など、   
       (まだ蜂蜜が主流だった)を知りました。

       こうして改めて知りますと、
       今までの知識と少し違う感想も。
       アーゾロ関係で何度か彼女の名を出していますので、
       自分の勉強を兼ね、ほんの少し詳しく
       書かせていただきました。

       この写真の絵と次の絵も雑誌にありましたが、
       大きさが手頃なので、上のサイトからです。

       赤い衣は、ヴェネツィア共和国の寓意と思いますが、
       執政官の衣装とは、少し違っているようです。
       19世紀中頃のドラマティック、ロマンチシズム
       溢れる絵画で、この手の絵はどうも・・。



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      ◆カテリーナ・コルナーロ  3  サイトより

       ヴェネツィア、コッレール博物館蔵
       カテリーナのヴェネツィア帰還
       17世紀 アントニオ・バッシラッキ作

       17年ぶりの、キプロスからの帰還。
       左手後方に見える大きな舟が、
       ヴェネツィアの総督ドージェのお召し船
       ブチントーロ・bucintoro.



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      ◆カテリーナ・コルナーロ  4  サイトより

       カテリーナが、王冠をドージェに渡す場面
       石棺の浮き彫り

       という事ですから、1510年に56歳で亡くなり、   
       ヴェネツィアの家族の墓のある
       サンティ アポストリ教会・Santi Apostoli
       にあるものと思います。

       ◆ 追記 ◆
       サンティ・アポストリ教会には、カテリーナの父親と弟のお墓のみでしたが、
       その後偶然に、どうやらジュウデッカ島のレデントーレ教会にあるらしい、
       と分かりましたが、まだ確かめておりません。



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      ◆アーゾロ市立博物館  2

       博物館所蔵で、絵葉書もありますが、
       家のエプソン君が今修理先で夏休みの為、
       サイトから取り込みました小さな絵でご勘弁を。

       未亡人の服装、という事です。

       もう一枚、キプロス衣装の絵がありましたが、
       スラブ女性の顔の印象で、写真も撮らず・・。


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      ◆カテリーナ・コルナーロ  5  サイトより

       こちらもサイトからの小さな絵で、
       (でも、一番大きなのをとサイトを探し回りました!)
       ブダペストの美術館にあるという
       ジェンティーレ・ベッリーニ・Gentile Bellini の作。
       
       少し藪睨みの、年のいった彼女ですが、
       私はこれが好きです。
       
       実際のカテリーナは、
       塩野七生さん好みの、賢い強い女性でなかったにせよ、
       少なくともこの絵には、
       女王と呼ばれた女性 の重みが感じられます。



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      ◆アーゾロ市立博物館  3

       こちらは、カテリーナの署名入りの遺言書

       キプロス島をヴェネツィアに差し出す際、
       実弟のジョルジョ・Giorgio Cornaro
       が説得に当った様子。
       カテリーナは彼に自分の持ち物を贈るとしつつ、
       但し、用益権は自分が持つ遺言書との事。



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      ◆アーゾロ市立博物館  4

       上の遺言書につけられた封印。
       赤い蝋で、真ん中にコルナーロ家の紋。

       手振れご容赦。



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      ◆アーゾロ市立博物館  5

       カテリーナの品。

       左は、金属の細い線で編んだケースで、
       大変素敵ですが、何を入れたのでしょうか?

       右は、手あぶり兼香木燃やし
       キプロスの品の様ですが、
       大きさは直径が15センチ程。
       中に炭火でも入れて使用したのでしょうか?



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      ◆アーゾロ市立博物館  6

       こちらは、鉄の金庫
       いかにも重そう!

       この手の錠前の仕掛けというのは
       凄いのですよ!
       モンセーリチェ・Monselice のお城で
       蓋が開いているのを見ましたが、
       もう芸術の粋!

       モンセーリチェのお城は
       http://italiashio.exblog.jp/5418885
       そして、猫は
       http://italiashio.exblog.jp/5496829


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      ◆アーゾロ市立博物館  7

       見るだけで痛くなりそうな
       槍、矛類もありましたが、
       これは、多分アラブ系というか・・
       鞘が革製で、刀身にびっしり柄入り。



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      ◆ガリバルディ広場

       博物館を出て、少し古本屋をひやかし、
       かっての路上物売り業の本を見つけて買い・・、

       ガリバルディ広場の泉には鳩のカップルもいて・・、
       夏のアーゾロは、かなりの賑わい。



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      ◆ブラウニング通り  1

       博物館への往きに見た
       古き良きオステリーア・アル・バーカロが
       空いていたので、お昼をここで。

       ポルティチに向いて座リ、
       のんびりゆっくり、
       カンパリ・ソーダを飲み、
       シーチキンやコーンの入ったサラダを。



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      ◆下り道  1

       駐車場への道を下りつつ。
       アーゾロは205mの高台にあり、
       こんな風に地平線が。
       


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      ◆下り道  2

       道の敷石にはめ込まれた、
       町の歴史を語る4枚の銅版の一つ。

       1489 - 1510
       カテリーナ・コルナーロ、キプロス、アルメーニア
       イェルサレムの女王、そしてアーゾロの領主

       彼女はアーゾロの領主として21年間を過ごします。
       宮廷文化を持ち込み、華やかな生活、
       常にヴェネツィア共和国の監視の下の、
       まぁ、金の籠の中の鳥のような生活でしょうが・・。



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      ◆下り道  3

       もう一枚の銅版。

       1239 エッツェリーノ、アーゾロを領有

       エッツェリーノ3世・ダ・ロマーノ
       この男の肖像に、イチコロのshinkai
       http://italiashio.exblog.jp/4289495

       最期の地も訪ねて
       http://italiashio.exblog.jp/7427001



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      ◆アルティーヴォレ  1

       折角ここまで来たのだから、ともう一箇所
       寄る事にしました。

       カテリーナが、愉しみや狩の館とした
       バルコ・Barco と呼ばれる建物が、
       非公開ながら、近くのアルティーヴォレ・Altivole 
       地図の右下端 にあるのです。
       場所を確かめるだけでも良い、と出かけました。

       サン ヴィトー・San Vito には、先日ご紹介の
       トンバ・ブリオン があります。
       http://italiashio.exblog.jp/10093931



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      ◆アルティーヴォレ  2

       周囲をトウモロコシ畑に取り囲まれ、
       細い小川の流れる道沿いに、見つけました。

       コルナーロ女王のバルコ
       の立て札がありますが、鉄柵は閉じられ・・



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      ◆アルティーヴォレ  3

       こんな様子。
       博物館で見た図面によると、
       左手に広く庭園があり、この建物は一番奥に、
       という様子でした。



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      ◆アルティーヴォレ  4

       こちらです。
       こうしてみると、現在の道は
       敷地内を抜けているのかも。



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      ◆アルティーヴォレ  5

       望遠で写すと、こんな風に
       かすかにフレスコ画が見えます。



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      ◆アルティーヴォレ  6

       アルティーヴォレ一帯の写真のサイトを見つけ、
       その中にありましたのがこれです。
       http://www.giannidesti.com/images/comuni/altivole/altivole.html

       かっては、大変華やかな装飾であったでしょう。
       バルコ という名も何に由来するのか
       分かりませんでしたが、今回この名は
       かの ピエトロ・ベンボ・Pietro Bembo
       マントヴァに嫁いでいたルクレツィア・ボルジャ
       とも浮名も流し、後には枢機卿になった・・!

       彼が、干し草置き場とか藁小屋 という意味で
       この愉悦の館に命名をしたのだそう。
       何をかいわんや、この貴族趣味!
       
       彼はカテリーナとは親戚筋とか読みましたし、
       この宮廷にも留まっていたのでしょう。



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      ◆アルティーヴォレ  7

       こちらも上のサイトから、内部の様子。

       どうやら、基礎修復はされているようですね。
       最終の修復が済み、公開されるのを楽しみに。

       という事で、
       アーゾロを彩るふたりの女性 の事どもでした。
       お疲れ様でしたぁ!

     ◆*◆*◆

        ブログご訪問、有難うございます!
        毎日暑いですねぇ!!
        
        次のブログの記事は何に、と決め、
        写真を整理し書き始めますが、これがなかなか。

        間違いの無いように、とサイトを調べガイドブックを読み、
        脱線して他の部分を読みふけり・・、
        知っている事が少し増えると、疑問もまた増えます。
        おまけに、ベルリンの陸上中継が毎日!

        ああ、日暮れて道遠し!!
        
        頭を冷やしに、2日ほど山に行って来ま~す!
        今は・・↓↓ こんな感じぃ。
        
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by italiashiho2 | 2009-08-24 00:45 | ・ヴェネト州 | Comments(2)
Commented by cucciola at 2009-08-26 06:24 x
shinkaiさま、

こんにちは。
山での静養はいかがでしたか?
私もすっかり日常に戻って、バカンス中にせっかく貯めた英気も消費しちゃった感があります。

アーゾロって、以前にshinkaiさんがおっしゃったときから「聞いたことあるけど誰と関連があるんだっけ?」としきりに首をひねったのですが、思い出せませんでした。
カテリーナ・コルネールだったんですね。
バルコの屋敷の壁のフレスコ画、往時をしのばせますね。
ヴェネツィア政府にいいように操られても泰然としていられたこの度胸、この豪奢な屋敷にふさわしいじゃないですか。
一番上のコインのカテリーナ、きれいですね。初めて見ました。
じつは「STORICA」の記事もまだ未読で。次の号が出ちゃって、読む本や記事が山積みになっています。

前ページの女性については初耳でした。私は近代史はシロウトいかなんです。おはずかしい。
それにしてもダヌンツィオ、すてきなおじさまですねえ。
当時のセピア色がますますいい男に見せてくれます。
Commented by shinkai at 2009-08-28 05:05 x
★cucciolaさん、こんばんは!  コメント有難うございます。

今日の午後、山(トレンティーノ州にちょこっと入り込んだFiera di Primiero の近くのSiror に、息子が家を買ったのです)から戻って来ました。
長男夫婦もやってきて、近所の村々を散歩しまわりましたが、山の人々の生活が感じられて興味深かったです。
ローマは、暑いのでしょう?! こちらの奥は、夕方からすっかり涼しくなり、風邪を引きそうでしたが、戻ってくるとやはり暑いです!

カテリーナ・コルナーロも、塩野さんの書かれた物からの知識でしたが、少しこちらの物を読むと、かなりイメージが違いますね。 
そう、cucciolaさんのおっしゃるとおり、それはそれでの生き方で、彼女としては一段格上の身分となったので、上出来だったのかも知れませんね。

ドゥーゼ、ダヌンツィオについては、やはりヴェネトに住んでいるから、と思います。  
そう、彼、いい男でしょう? 作品は、詩を一篇読んでいただいて、意味ははっきりと分からぬながら、大変セクシーな印象で・・!
よく分からない所が、逆にいいのかも・・!!  馬鹿丸出しのミーハー!!


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