イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2010年 12月 25日

   ・・・ ピエロ・デッラ・フランチェスカ ・ 出産のマドンナ ・・・

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       皆さま、ブォン・ナターレ!
       キリスト教者でもないのですが、やはり今日はこのご挨拶を。

       という事でクリスマスにちなみ、この秋トスカーナの小村
       モンテルキ・Monterchi で再会しました
       ピエロ・デッラ・フランチェスカ・Piero della Francesca
       描いたフレスコ画、出産のマドンナ・Madonna del Parto と、
       この一帯に散らばる彼の作品のご紹介をほんの少し。
       気ぜわしい暮の一時でしょうが、ご休憩を兼ねてごゆっくり!

       出産のマドンナ・Madonna del Parto・マドンナ・デル・パルト
       と呼ばれるフレスコ画は、15世紀前半の画家
       ピエロ・デッラ・フランチェスカが自分の母親の生地の教会に
       そっとお腹に手を当て、出産を待つ聖母の姿を描いたもので、
       1465年頃の作品と考えられています。


     
       まずは地図をご覧頂きながら
       彼の作品がある土地をご説明いたしますね。
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       左下に見えるアレッツォ・Arezzo は、フィレンツェとローマを結ぶ
       大幹線上にあり、行かれた方も多いと思います。


       ここのサン・フランチェスコ教会に、ピエロの素晴らしい大壁画、
       十字架の黄金伝説の一連の作品があり、
       この場面はシバの女王の礼拝シーンですが、
       ドゥオーモにもフレスコ画が残ります。
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       そして東にアンギアーリ・Anghiari
       ここはかのレオナルド・ダ・ヴィンチの幻の作品アンギアーリの戦い
       フィレンツェはヴェッキオ宮の500人広間のヴァザーリの壁画の下に
       あるかもしれない、と言われる戦いの図の舞台となった町で、


       更に東のサンセポルクロ・Sansepolcro
       ここはピエロが生まれ育った町で、生涯ここに家を持ち、
       亡くなったのもこの町で、
       ここの市美術館には彼の素晴らしい祭壇画とフレスコ画が収蔵。
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       上はキリストの復活 で、手前の茶色の眠っている兵士、
       これが彼の自画像であると言われている様子。

       そして南にモンテルキ・Monterchi
       ここに今日ご案内の 出産の聖母 がありますが、


       
       東に延びているの先、ルネッサンスの宮廷文化が花開いた
       ウルビーノUrbinoまで僅か70K。
       ウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテ・フェルトゥロの宮廷に招かれ、
       ウルビーノ公ご夫妻の有名な肖像を、
       これは現在、フィレンツェのウッフィツィ美術館に、
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       また公が入った聖母子と聖人たちの素晴らしい祭壇画は、
       現在ミラノのブレラ美術館に。
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       ウルビーノの美しく素晴らしい宮殿は現在博物館となっていて、
       ピエロの作品3点、上のキリストの鞭打ち、そして聖母子
       そして遠近法や大変理知的な事で有名な 理想の町 も収蔵です。
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       所で、地図の中に印を入れました、北に見える
       カプレーゼ・ミケランジェロ・Caprese Michelangelo
       ここがかのミケランジェロの生家のある村で、
       生家は博物館となっていて、なかなか素敵な雰囲気の家でした。

       ちなみにサンセポルクロからの距離を計ってみました。
       というのも、彼だけではなく当時の芸術家たち、文化人たち、
       一般の旅人も皆徒歩旅行だったわけで・・、

       モンテルキまで17k
       アレッツォは40k
       フィレンツェまでは113k

  
       そしてアドリア海沿岸のリミニまで130k
       彼はリミニの領主、シジスモンド・マラテスタ・Sigismondo Malatesta
       にも招かれ、彼の有名なそして素晴らしい肖像も描き、
       これは現在パリのルーヴル美術館にあるそうで、
       いつか必ず逢いに行きたい作品、
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       上の作品群は全て画集とサイトからですが、
       今回唯一自分で撮った写真がこれ、  
       リミニのマラテスタ廟のフレスコ画です。
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       リミニの街、そして絵画作品群、素晴らしい多量のモザイク
       については、また別に纏めたいのでここではこれ1枚を。

       ですが、この絵が好きで画集で何度も眺めていたのに、
       今回自分の写真でアップも撮ったりし、初めて
       彼の後頭部の線が描き直されているのに気がつきました!
       見えますか?
       またアップでご覧頂きますね。

       そして1458~59年には、ピオ2世に招かれてローマに行き、
       ローマまで250k、
       後ラファエッロがその上に壁画を描き、
       消えてしまった法皇の部屋のフレスコ画も描いています。


       ルーヴルのシジスモンドの肖像画も見たい作品ですが、
       もうひとつ見たいピエロの作品は、
       ロンドンのナショナル・ギャラリーにある 生誕 です。
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       彼独特の、冷気に満ちた静謐な明るい空気が満ち溢れ
       背景の北方絵画を偲ばせる風景も魅力です。


       ピエロ・デッラ・フランチェスカという名前は、直訳すると
       フランチェスカのピエロ という意味で、
       ヴァザーリの説による母親フランチェスカの名前から来ている
       と、これを私めもずっと信じて来ましたが、
       今回これは違う事を知りました。 ヴァザーリめ!
       
       父親はベネデット・デ・フランチェスキ・Benedetto de' Franceschi
       裕福な布商人であり、
       母親はウンブリア出身の貴族の出自、モンテルキ生まれの
       ロマーナ・ディ・ペリーノ・Romana di Perino
       ピエロは長男で1406年~1420年の間に誕生
       没年は1492年10月12日
       彼の他に4人の男子、そのうちの2人は幼くして亡くなり、
       妹がひとり。

       亡くなった時、ヴァザーリによると86歳だったというので
       1406年誕生となりますが、両親の結婚が1413年らしいので、
       ヴァザーリの説があやふやという訳。
       サンセポルクロのコムーネの建物が火事で焼け、書類がないのだそう。

       母親は1459年、父親は1464年が没年で、
       この記録から見ると出産の聖母は1465年頃の作と言いますから、
       彼にとっては、母親の生地に描いた両親への追慕も含まれているかも。

       フランチェスカのピエロ という呼び名は、
       彼が亡くなって暫く後には始まったそうですから、
       この辺り何を意味するか、不明ですね。

       彼はルネッサンス初期の画家という位置づけになりますが、
       奇しくも亡くなった日が、コロンブスのアメリカ発見の日だそうで、
       確かめておりませんが、そうですか?
       これよりルネッサンスの最盛期始まる、と書いてあるのも。
       



       という訳で、ほんの少し彼の有名作品をご覧頂きましたが、
       今日の本題の出産の聖母に戻りまして、
       
       モンテルキの町の様子をサイトの写真でどうぞ。
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       私はアンギアーリから出かけましたので約15kの距離で、
       この写真で言いますと、右斜め奥がアンギアーリの町。
       ぽっこりの小山の上にモンテルキの中世の古い小さな町があり、
       現在聖母の絵が収められている博物館は、
       町の小山を向こう側に下った、ちょうど影の位置辺り。

       右手前に見える家並が新しい町で、ここに到着の後駐車、
       せっせと山の中程左に見える坂道を上り、
       これがまぁあなた、半端でない傾斜の道でハァハァと上り、
       町の中心にあると思い込んでいた博物館が、道を下った向こうに、
       と聞いて、いい加減にしてくれぇ! と。

       後で分かって見ると、小山の右下に見える道を辿り
       ぐるっと山を回り込むと博物館の前まで平地を歩ける訳で!
       聖母の博物館→ に釣られて急傾斜の坂道を上ったのが恨めしく・・、
       
       ・・いや、今日はクリスマスでありました。
       不敬な言葉は読まなかった事にお願いいたしますです、はい。


       これが町の中心を通りすぎ、下り坂の、かっての
       町の門のアーチの向こうに見える建物。
       ベネデッティーノ派の修道院・教会だったといい、
       入り口の門は後に加えられたものだそうですが、
       中々趣のある建物でした。
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       下って来て振り返った所で、
       右手手前から2つ目の白い建物が、お目当ての博物館。
       かっての小学校の建物というのですが
       余りにも素っ気ない拍子抜けする建物で、写真も撮らずに・・、
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       で、例により後悔反省。 
       こちらはサイトから拝借した博物館とその入り口です。
       ね、元小学校というには立派な気もしますが味気ないでしょ?!
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       ピエロ・デッラ・フランチェスカが、
       母親の生地の教会に、この出産の聖母を描いたと言いましたが、       
       後にこの一帯を襲った地震で、奇跡的にこの壁画のある壁のみを残し
       教会は崩壊、壁画はブロックごと新しい教会に移され、
       墓地の礼拝堂として使われ、この絵はそのまま忘れ去られた状態に。

       そして1889年になり、このピエロの絵が再発見され、
       この傑作の素晴らしさもあって修復され、
       1917年の地震もやり過ごし、
       墓地脇の新しい礼拝堂にあったのです。

       最初に下の村外れの墓地の礼拝堂を訪問したのは21年前で、
       薄暗い中での対面でしたが、
       他のピエロの作品に見るちょっと固い表情の女性達とは違い、
       優しいイメージを受けた事、
       そして、管理のシニョーラのお腹も大きかった事が
       印象に残っていました。

       その後1992,3年の修復を受けた後、
       現在の博物館に移されたのですが、
       当時これはかなりの反響を呼んだ事を覚えています。

       が、入り口部分の印象はさて置き、
       博物館内部、薄暗い右手の部屋の
       空調されたケースに安置された、
       奇跡的に生き残った聖母の絵は素晴らしかった!
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       聖母の青い衣装と、左手の天使の緑の衣装には
       これ程の色の違いは見取れず、
       もっと融和し、右の天使の衣装も目立つ事なく、
       

       何よりも何よりも、
       若い聖母の、出産を待つ穏やかな柔らかな表情の顔が素晴らしかった!
       静かに、どこかから届く声に耳を澄ますかのような
       まだ少女の様な、若さが匂う肌のなんとも言えない美しさ
       背景の色も穏やかで、静謐な空気が漂い・・
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       ただ一つの難を言えば、
       右の天使の頬の修復部分の色が飛んでいた事位。



       こちらもサイトから拝借の写真で、部屋の中はこういう感じですが、
       ケースの中はもっと柔らかい黄色がかった色、とご想像下さい。
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       リンクさせて頂いています「風色明媚」の日本画家の二木(ふたつぎ)さんが、
       こちらにこの聖母について書いておられます。
      http://blog.goo.ne.jp/futa2560/e/464222746393cce3273a2eef97410b5d

       二木さんの師匠である野村義照画伯が、
       このピエロの出産の聖母をかって日本画で模写され、
       このモンテルキの町でも展示された事があり、
       その絵の素晴らしさがイタリアでも高く評価され
       評判となった事は、良く覚えております。
       当時展示に関わられた二木さんと、今こうしてブログリンクを
       させて頂いている事にも不思議なご縁を感じます。
 
       二木さんから、以前の礼拝堂はどうなっているのかとメールを頂き、
       そうそう、と博物館に電話をして訊ねましたら、
       現在は礼拝堂は閉じられている、との事でした。

       やはり保存管理の問題もあり、
       昔の雰囲気を知る者にとっては残念ですが、
       きちんとした博物館に安置されるのが万全なのかもですね。


       博物館の開館時間と料金、
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       そして、町の中心部の夜景をパンフレットからどうぞ。
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       実は絵を見た後、町の中心に戻ろうかと思っていましたら、
       可愛い中年後期のフランス人女性に声をかけられ、
       彼女は片言の英語で、こちらは幾つかの単語英語でのやり取りとなり、
       つまりアンギアーリに行きたいのだけどバス便が不便、
       私の車に同乗させて貰えないか、と。

       以前アレッツォに戻るのに往生した思い出があり、
       OK! と言いましたら、後ろから男性も現れ、夫ではなく友達だと。
       へいへい、わっしには関係のない事でござんすよ、と
       一緒にそのまま戻りましたので、町は見ずじまいに終わりました。


      ◆ お知らせ ◆

        我が絵の師である二木さんが、ご自分の課題とされていた
        ピエロ・デッラ・フランチェスカの「出産のマドンナ
        ・・彼は「懐妊の聖母」と呼ばれますが、
        についての、様々な考察を4回にわたりブログにアップされています。

        絵の謎を、そして技術的なことも分り易く解説された
        大変素晴らしい内容。

        どうぞご訪問され、ご一緒にピエロの絵の面白さ
        奥深さを愉しまれるよう、ご案内申し上げます

        懐妊の聖母 その1~4
     
       
      ◆ロマネスクの教会の美の虜、クリスさんはイタリア中の、
       だけではないかもですが、ロマネスク教会を巡っておられ、
       こちらの記事にリンクして下さいました。

       クリスさんの記事はこちらですが、
       http://community.travel.yahoo.co.jp/mymemo/chirs/blog/131175.html
       どうぞご訪問され、他の記事も拝見してお楽しみ下さいね!


       その夜、アンギアーリの宿の窓から
       南の空に幾つもの花火が打ち上げられるのが見え、
       条件反射的に何枚も写しましたうちから、
       一番綺麗に撮れたのと、
       少しブレましたが、可愛い赤いハートをどうぞ。
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       町に行きました時、ちょうどなにかのお祭りで
       下町の方が大勢の人出で賑わっていましたし、
       方角から考え、モンテルキの町の花火に間違いありません。


       こちらは翌朝、夜明けの霧の風景。
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       南に向かい、ちょうど2列目の丘の向こうに
       モンテルキの町があり、昨夜の花火の位置もここで、
       アンギアーリからだと、
       低い空に打ち上げるのが見えたのでした。



      ◆*◆

       ブログご訪問、有難うございます!

       今日は少し長いご説明になりましたが、
       ピエロの描いたウルビーノ公モンテフェルトゥロや、
       リミニの狼シジスモンド・マラテスタの事など
       ついでにあれこれ読み始めましたら、例により深入り。

       彼らの父親、母親、再婚相手、兄弟姉妹、結婚相手、その縁戚・・、
       追いかけだすと止まらなくなり、ついつい夜ふかし。
       つまりそれほど??!!が大きい訳で、
       モンテフェルトゥロとマラテスタ家の深い確執、
       スフォルツァ家も、マンフレディ家も絡み、
       ああ、まさに現実は奇なり!

       なかなか秋の旅行先のご案内が出来ないのも、
       この辺りまだしっかり消化できていない理由が大きく・・。
       年明けを待ちまして、ぼちぼちと。

       で書いた後ヴァザーリの「ルネッサンス画人伝」を取り出し
       ちょっと読み始めましたら、
       何の事はない、
       ピエロが生まれる前に父親が亡くなり、女手一つで育てられ、
       それでピエロ・デッラ・フランチェスカと呼ばれたとか・・、
       ・・・う~ん、絵画に対する評価以外は
       講釈師、見て来たような嘘を言い という部分が多いかも!

       皆さま、良いクリスマスをお過ごしください!!

       という事で
       励まし応援クリック、よろしくお願いいたしま~す!

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by italiashiho2 | 2010-12-25 00:19 | ・トスカーナ州 | Comments(12)
Commented by florentia55 at 2010-12-25 05:20
またまた素敵なレポートですね! ボン ナタ―レ! 
ピエロの女性って しばらく向き合うとどんどん惹きつけられてしまいます。
不思議な魅力がありますよね。 モンテルキ街中一周されたのですか。 御苦労さまです!
ここからリミニ・ローマ 山越えで近いですよね 私も最初は驚きでした。
アレッツォよりローマの影響を受けているのも面白いです。
空の色 ピエロの雲 すばらしいフォトで楽しむことができました。  
Commented by italiashiho2 at 2010-12-25 09:04
★florentiaさん、初めまして、こんにちは! ブログご訪問、コメント有難うございます。
そして私からも、ブォンナターレ!

有難うございます。 ピエロの描く女性は、男性もですが、少し硬い表情ですよね、この辺りでモデルとなった、モンテフェルトゥロとかシジスモンドがぴったり来たのかもしれないのですが、でもこの聖母は本当に優しくて驚きました。 
後の時代になっての女性像に見られる、男性画家好みの女性の媚が彼の絵には感じられないのが好きなのかもです。

そう、あの坂道を騙されて上った感じがして・・、ははは。 
アレッツォからアペニンを越えるわけで、トスカーナというよりはマルケやウンブリアの方が近い感じですね。

どなたか分かりましたので、またそちらにお邪魔させて頂きます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 
Commented by tonton at 2010-12-25 09:55 x
shinkaiさん、素敵なクリスマスプレゼントありがとうございます!

懐かしいフィレンツェ、そしてヴェネチアにモンテルキを堪能しました。
私には何よりのクリスマスプレゼントだわぁ~
そして私のパワーとなります。本当にありがとうございます。
一日も早くイタリアに行けるように、夢の実現のために日々精進します!
Commented by みらまる at 2010-12-25 11:06 x
shinkaiさん、ブォンナターレ!
いつも素敵な写真と、細かい解説ありがとうございます!
次回イタリア訪問(未定・笑)の参考にしたり、今までの思い出を振り返ったり、楽しんでいます。

数年前、アレッツォに行ったとき『ピエロ展』があっていたのですが、案内を理解できずに『十字架の黄金伝説』だけ見て帰りました。
その後フィレンツェのウフィッツィでウルビーノ公の肖像を見に行ったら『貸し出し中』。
アレッツォに行ってました(涙)
と言うわけで、ウルビーノ公の肖像は見てないのです。

いつかウルビーノ公の肖像を見にフィレンツェに再訪、と思っているのですが、アンギアーリ・モンテルキ・サンセポルクロも行ってみたくなりました。
ピエロを知る旅もいいですねー
あぁ、時間とお金が足りない。。。
Commented by italiashiho2 at 2010-12-25 17:40
★tontonさん、ブォンナターレ!!  コメント有難うございます。

こちらこそ、ブログを見て頂き、そう言って頂けると本当に嬉しく、励みになります、 有難うございます!

そうです、そうです、元気で、夢の実現に向けて頑張って、来年も良いお年でありますように!
Commented by italiashiho2 at 2010-12-25 17:47
★みらまるさん、 ブォンナターレ!  コメント有難うございます。

こちらこそ、嬉しいお言葉有難うございます!
あ、そうですか、数年前というと、多分あのフランチェスコ教会の壁画が漸くに修復がすんだ記念展だったのかもですね。
私が昔見た時はまだ修復前でしたから、近いうちにまた訪問したいと思っているのですが。
ははは、ウルビーノ公の「貸出中」は、読む方にすると可笑しいですが、残念でした。 そうなのですよね、時々起り得ますね。

アンギアーリ、サンセポルクロ、モンテルキ、あの辺りアレッツォからのバス便が不便なのですが、なかなか良いのですよ。 計画を立て、またお出かけ下さいね。
Commented by cucciola at 2010-12-28 18:55 x
shinkaiさま、

こんにちは!
ようやくナターレが終わりました。お互いお腹の調子は大丈夫でしょうか?
今回のピエロ・デッラ・フランチェスカ特集は大変興味深く拝見しました。同じ「静謐」でもジョットーとはまたぜんぜん違いますね!背景部分の細やかな描写も改めてみると本当に美しいです。私もウルビーノで彼の作品を見ましたが、ルネサンスを代表するあの宮殿にふさわしいなあ、と実感したものです。フェデリーコ公爵の下で遠近法大好きの芸術家たちは幸せだっただろうなあ、なんて思ったりして。
まだまだ寒い日が続くようですので、どうぞお体をお大事によいお年をお迎えくださいね!また改めてメールさせていただきますが、今年もさまざまなお心遣いをいただいて心から感謝です!
Commented by italiashiho2 at 2010-12-29 01:16
★cucciolaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

はい、漸くに平常運転ですね! そちらはさぞ大変だったろう、と時々想像させて頂きながら、笑っておりました。 でも、新しい一員も加わっての、楽しい想い出深いクリスマスでもありましたでしょう! 
こちらこそ、有難うございます!  どうぞ、皆さま共に、よいお年をお迎え下さいね。 

ピエロは、昔から好きなのです、ジョットーよりも。 彩りも華やかなのにそれが目立つ訳でなく、遠近法や絵画構成がどこか舞台装置の様でもあり、またドカンと大きく面白いですよね。
そしてなんとも言えないこの透明な怜悧な絵の中の空気が大好きなのです。 不思議な絵だと思います。

cucciolaさんの来年の新しい記事を、たくさんの新しい知識を得られる事を楽しみにしております!
 
Commented by ドクター・マコ(福岡) at 2012-07-24 10:07 x
趣味の新聞スクラップを眺めておりましたら、2009年5/21の朝日コラム「私の収穫 天平ルネサンス」で故多田富雄さんが、ピエロの「出産のマドンナ」の中の、マドンナの夢見るような放心や、天使達のあどけない表情が、興福寺の十大弟子の崇高な喜びや人間苦の表情と重なる。こんな個別性は飛鳥や白鳳の仏像には無い。ピエロが追跡した人間的信仰世界につながる。~云々と書いてあるのを読んで、改めてネットで調べたらこのブログを見つけました。こんな詳細な解説をありがとうございました。コメント内容から察するにイタリア語にも堪能のようですね。
Commented by italiashiho2 at 2012-07-24 19:16
★ドクター・マコ様、初めまして、こんにちは! ブログご訪問、コメント有難うございます。

ああ、そうでしたか、ピエロはまだルネッサンスのほんの初期の画家で、少し画風が固い感じも受けるのですが、それでもやはり人間描写が優れ、画面構成も素晴らしいと思います。

この「出産の聖母」を今回改めて照明も整った場所でゆっくり眺め、その描写の美しさに感嘆致しました。 
幾らかでもその美しさがお伝え出来ましたら、幸いです。 有難うございます。

こちらに長く住んでおりまして、読むのと聞くのはなんとかなのですが・・、言葉は難しいですね。
今後ともよろしくお願いいたします。

Commented by 月子 at 2017-03-31 09:55 x
はじめまして。
「ダウントン・アビー」というイギリス制作のドラマを見ておりましたところ、デラ・フランチェスカの絵画が登場しました。とても印象深いエピソードに絡んでおりました。
お恥ずかしいことに画には無知な私。「実在するのかしら?」と調べ始めたところ、こちらのブログで同じ絵を見つけ大感激しまして・・・!
すっかりロンドンの美術館で鑑賞している気分に浸れウキウキ!と同時に、こちらの記事もとても興味深く読ませていただきました。どうもありがとうございます!
海外への夢がふくらみました。
Commented by italiashiho2 at 2017-03-31 16:15
★月子さま、初めまして、こんにちは! ブログご訪問、コメント有難うございます。

「ダウントン・アビー」というTVドラマの名はあちこちで出会い、たいへん面白そうな、というのは存じていて、多分イタリアでも有料TVで見れる筈ですが・・。
そうですか、そのドラマにこの絵が登場したのですか? そこから関心を持って調べ、ここにたどり着いて下さったのですね。
それはとても嬉しいお話しを聞かせていただきました! 有難うございます。

この絵はある意味とても有名で、絵のみが独り歩きし、映画「ノスタルジア」の冒頭に、トスカーナの古い教会にある設定で出てきたりします。実際はラツィオ州のトゥスカーニアのサン・ピエトロ聖堂の地下礼拝堂ですが。
宜しかったらこちらでどうぞ。http://italiashio.exblog.jp/16812882/

どうぞ今後共よろしくお願いいたします!



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