イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2013年 06月 27日

   ・・・ 発見のモニュメント ・ ポルトガル、リスボン ・・・

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       今日は、ポルトガルはリスボンの西の地区ベレン・Belémにある
       「発見のモニュメント」をご覧下さいね。

       いやぁ、毎回あちこち飛びまわりたい訳ではないのですが、
       今回はヴェローナのドゥオーモかお城を、と用意しつつも
       イマイチ気が乗らず、
       夏の海、青空が見たいなぁとスロヴェニアの在庫まで探しに・・!
       
       結果、大航海時代を開いたポルトガルの男達がわんさかいる
       ははは、この記念碑の背後の青空を思いだし・・、
       という訳です。

       トップの写真は、ベレン地区に向かうバスの中からの
       4月25日橋、約2kの長さ。
       対岸に見える腕を広げたキリスト像は、
       ブラジル、リオ・デ・ジャネイロの山上にあるもののレプリカ。

       まるで海の様なイメージを持つ大河テージョが、
       緩やかに蛇行してゆくリスボンの街と対岸を繋ぐ橋は、
       この4月25日橋と上流側のヴァスコ・ダ・ガマ橋の2本。

       ヨーロッパで一番長いと言われる17kに及ぶ
       ヴァスコ・ダ・ガマ橋については
       リスボンの新地域・街の新しい顔 1と2 でご案内を。
       http://italiashio.exblog.jp/14607828/
       http://italiashio.exblog.jp/14614288/



       西に向かい、やがて見えてくる「発見のモニュメント
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       ベレン地区には、一枚の写真に収まらない程の大きな
       このジェロニモ修道院も、
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       有名なベレンの塔もあるのですが、
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       今回は1枚づつだけでパスし、次回に、ね。


       ベレンの塔前からこんな風に見える、
       4月25日橋と、手前左側に「発見のモニュメント」
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       こんな風にカラヴェッラ帆船、15~17世紀にかけ
       ポルトガルやスペインで使われた3本マストの快速帆船、
       の舳先を模したもの。
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       後ろから近ずくとこんな風な形で、高さは52mと。
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       中程までエレベーターがあり、その後は階段を自力で、はい、
       塔の一番上まで上がれ、パノラマを堪能できるそう。



       船の両側には、ポルトガルに大繁栄をもたらし
       世界地図、地球の形への認識を大いに改めさせた
       大航海時代の男達の姿が居並びます。

       こちらは東側、先頭に立つのはエンリコ航海王子
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       テージョ河に舳先を向けた形のモニュメントなのですが、
       現在のこれが作られたのは1960年の
       エンリコ航海王子の没後500年を記念しての事。

       それ以前にも同様の記念碑があったようですが、
       粗雑な資材での建設で崩壊の危険もあり、
       この記念年を期しての再建設だった様子。

       船型部分はセメントですが、
       両側の人物像は白い石像。



       で、背後の突堤には、この羅針盤を模した大理石のモザイクがあり、
       「薔薇の風」と呼ばれる円形の直径がなんと50m!
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       写真はウィキペディアから拝借ですが、



       こちらも拝借の写真で、中心にある世界地図の様子を。
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       白く描かれたシダの葉型ですが、

    ◆ 追記です
       なんの気なしに「シダの葉」と書いたのですが、
       シダの葉に何か意味があるのかも知れませんが、
       航海に関連する、羅針盤の中のブルーの部分ですから、

       ひょっとして「海草」を現わしているのかも!と気が付きました。
       どう思われますか?
 



       如何、この大きさなのです、 全体をご想像下さい!
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       で、はい、我が日本の国は・・!
       許容範囲の姿かなぁ・・?!
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       帆船も見え、shinkaiの頭も写っていますが、ははは、
       日本の下に見える数字1541は、
       ポルトガル側からの日本発見年でして、
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       我々は1543年に、種子島にポルトガル人が鉄砲を伝来、
       と学んでいますが・・。



       人間像の細部をご覧頂くとして・・、
       東側から、前半分をまず。
       
       先頭に立つ、手にカラヴェッラ船を持ったのが
       エンリコ航海王子(1394-1460)
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       こちらがポルトの街で見かけた大きな
       エンリコ王子のタイル装飾、教会の壁にあったものですが、
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       大航海への熱い情熱を持ち、航海士たちへの資金提供もし、
       大航海時代の到来を招いた人物としての評価ですね。



       もう一度写真をご覧頂き、

       2人目はアフォンソ5世・AfonsoV(1432-81)
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       エンリコ航海王子の甥にあたるポルトガル国王で、
       航海への資金提出をしたと。

       3人目がヴァスコ・ダ・ガマ(1460-1524)
       アフリカ南岸を経てのインド航路を開拓
       ポルトガル海上帝国の大繁栄の基礎を築いた人とでも。


       頭だけ見える方を除き、下に全身が見える4人目は、
       ペドロ・アルヴァレス・カブラル(1467-1520)
       ブラジル発見者。

       ポルトガルの大繁栄は、ブラジルそしてアフリカに
       植民地を持っていたのに由来しますが、そう、この方。


       5人目がフェルナン・デ・マガリャンエス、はい、
       フェルディナンド・マゼラン(1480頃-1521)、
       初の世界一周航海を成し遂げたものの、自身は
       フィリピンで戦死という・・。



       後ろ半分をどうぞ。
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       紋章の付いたのを持っているのが、アフリカのコンゴを
       発見のディオゴ・カオン(1450–1486)
       

       後ろから2人目十字架を胸に、手を合わせているのが、
       1549年に日本への初のキリスト教伝道の
       フランシスコ・ザビエル(1506頃-1552)
       


       では西側の全体をまず見て頂きまして。
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       私がなぜこのモニュメントに興味を持ったかと言いますと、
       こちらの真ん中から下辺りに、僧服が2人、
       上の一人は十字架を高く捧げ持っているのですね。

       あ、坊主がいる、(失礼!)
       神の名の下に、侵略を大いに励ました輩に違いない、と
       名前を知りたくなったのでした、はい。



       エンリコ航海王子の後ろに屈む人物は、
       エンリコの弟フェルナンド聖王子(1402-1443)
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       聖王子と呼ばれているのは、モロッコ遠征に出かけて捕虜となり、
       獄死して後に、カトリック教会より列福されている為で、
       
       そうですね、大航海時代と言うと華やかな大冒険のイメージが
       沸きますが、植民地を求めての大航海で、
       その為の戦争、残虐な殺戮も大いにあった訳ですね。


       航海士、数学者、天文学者などが続きますが、
       中程にパレットを持った画家の姿!
       ヌーノ・ゴンサルヴェス、15世紀後半に活躍の画家と。
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       その次がカモンイス、又はカモイーシュ(1524年頃 - 1580)
       ポルトガル史上最高の詩人と謳われますが、

       「ここに地が果て、海が始まる」と彼が歌った
       ロカ岬のご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/13939361



       そしてその後ろに僧服2人が続き、
       フエレイ・エンリケ・カルバーリョ、
       フェルナン・ゴンサロ・デ・カルバーリョと言い、
       どちらも神学者というのですが・・。

       続く一人の名が見つからず・・、



       王冠を戴く女性が一人、この方はエンリコ航海王子、
       フェルナンド聖王子、後ろに控えるコインブラ公ペードロ達の
       母君、そして東側にいるアフォンソ5世の祖母に当たる
       ドナ・フィリパ・デ・レンカストレ(1359-1415)と。
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       英国ランカスター家出身の王妃で、ポルトガル王ジョアン1世との
       婚姻での嫡子達が優秀で、ポルトガルを繁栄に導いた、
       という事で、ここに唯一の女性像なのかも。


       最後は上に名が出ましたコインブラ公ペードロ(1392-1449)

       最初に名を知った時は少し驚きまして、あれこれきちんと名前を
       調べる元にもなりました。
       
       はい、私のブログに何度か名前が出ておりますが、
       覚えておいででしょうか?
       フィレンツェ、ルネッサンス期の彫刻家
       デジデーリオ・ダ・セッティニャーノを。

       コインブラ公ペードロは彼の実の父親で、
       デジデーリオは庶子の為フィレンツェ近郊の石工の家に
       養子に出されたと、森下典子さんの「前世への冒険」に。

       デジデーリオ・ダ・セッティニャーノをご存知ですか?
       http://italiashio.exblog.jp/10782262/

       
       コインブラ公ペードロは旅行好きで外交官を務めていた様子で、
       イタリアはフィレンツェのみならずヴェネツィアにも勿論、
       トゥレヴィーゾにも来ている事を知り、驚きつつも
       なんとなしに親近感を感じたものでしたが、

       エンリコ航海王子の兄にあたるのに気が付かず、知らずにおり、
       ・・なにせ同じ名がめったやたらですものね、と言い訳、
       当然東側2番目にいるアフォンソ5世王の叔父、
       というのが結びつかずにおりました。

       幼い王の即位に関し摂政を勤め、後に反逆罪の名の下で戦死、       
       というので、こちら側の一番しんがりの位置に、と思いますが、

       ポルトガル王家の歴史まで手が届かず、知らない事ばかりで、
       時々芋づる式にこうしてずるずると出てくると・・!!
       
       オビドスでも、名前が出た様な記憶が・・、
       http://italiashio.exblog.jp/14574212/
       http://italiashio.exblog.jp/14579556/



       カモイーシュが「ここに地が果て、海が始まる」と歌った
       ロカ岬からの大西洋の海
       この海の先を目指し、彼らは出かけて行ったのでした。
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       最後はサイトから拝借した、美しい写真をどうぞ。
       海の先は落ち込み、誰も戻れない、との恐怖と闘いつつ
       航海に出かけて行った男達の姿をイメージできるような・・。
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       ポルトガル、スペインのご案内は
       http://italiashio.exblog.jp/i40/



     ◆ お知らせ ◆

       広島の絵の友人槇原慶喜さんから、
       還暦を記念しての、絵と写真による個展のお知らせが届きました。
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       槇原慶喜展
       2013年6月28日(金)~ 7月22日(月)
       安芸高田市立八千代の丘美術館市民ギャラリー
       10時から17時 
       閉館 火曜日

       お出かけ下さいますよう、ご案内申し上げます


       
     *****     

       水彩ブログには、ヴェネト、プロセッコの葡萄畑を描き始めました!
       アップしております。
       http://blog.goo.ne.jp/suisaishiho
       本家ともどものご愛顧、ご訪問よろしくどうぞ。


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by italiashiho2 | 2013-06-27 02:27 | ・スペイン・ポルトガル | Comments(12)
Commented by Mari at 2013-06-27 03:23 x
最後の夕日の写真、ほんとに素敵です。 快適なクルーズ船で、久しぶりに陸を見ても感激するんですから、昔の帆船での長旅で、しかもギャランティーなしで陸を求めている中での陸の発見は、本当に感動的だったのだと思います。 それにしても、昔は髪型で個人の個性は主張しなかったのでしょうかね~。 み~んな茶碗カットなんですね!(茶碗を頭にかぶせて、それに沿ってまっすぐカットしたような髪型のことです。。)
日本地図は上出来ですね!でも発見した西暦が合わないところが面白いですね。。。
Commented by italiashiho2 at 2013-06-27 14:35
★Mariさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうでしょうねぇ、現代の様に地図が頭にあり、こう行ってここの港にはいつの何時、と分かっていてもやはり陸が見えると感激、というのはよくわかる気がします。
食料、とりわけ青物が無くなるとかの生命の危険、海が落ち込んで地獄行きという迷信におびえつつの航海だったのですものね。

ははは、あの髪形は所謂おかっぱで、いかつい男子がしているのを見ると、何となく可愛い男の子みたいでしょ?!

まぁ、日本が無い地図も何度も見ましたから、日本があって、一応大きな島もあると言う事で・・、ははは。
Commented by kazu at 2013-06-28 10:44 x
ベレンで美味しいエッグタルトを食べるのが楽しみで行ったベレン地区
あの大きなモニュメントをながめエンリコ王子 ヴァスコ ダ ガマ 
マゼラン かの有名なザビエル等は記憶にありました。
遠くから見上げただけだからこんなにたくさんの人がいてなんと女性が一人いたとは。
そして興味深かったのはコインブラ公ペードロこの名前は忘れもしません。デジテーリオのお父さん。
以前のブログもう一度チェックします。
それにしても新開さんの探求心には敬服します。
Commented by italiashiho2 at 2013-06-28 14:32
★kazuさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あ、エッグタルトがありました? それは知らなかったです。

そうなんですよ、唯一の女性がいたのは、私もこれを書き始めてから気が付いたと言う訳です。 3人ものここに登場のお母さん、そしてアフォンソ王は孫に当たるのですものね、やはり登場する価値はありますよね。

そうなんです、あのコインブラ公やデジデーリオは時々ひょこっと登場されるので、なんとなしに気になる存在なのです。 まぁ、一般庶民と違うので、歴史に名が残っている、という事なのでしょうけど・・。

有難うございます。 いやぁ、いろいろ知るのは楽しいですものね。
Commented by 開田のポッポ屋 at 2013-06-29 16:31 x
懐かしーーーーい!!!!! 我が友、さだこ姉さんとツアーにまぎれて二人旅をし、この界隈も歩きました。
細かな説明は、SHINKAIさんで、判明!(笑)10年ぶりぐらいに。。。
とに角、遠かった!。。。。。

あのツアーは、私たちチープ組とリッチ組が混載!
食事は一緒でしたが、ホテルのランクがまるで違って、
いい気分はしなかったことが、思い出されました。

とはいえ、SHINKAIさんの説明で、もう一度、楽しませていただいております。 ありがとうございました。
Commented by italiashiho2 at 2013-06-30 00:16
★開田のポッポ屋さん、こんにちは! コメント有難うございます。

ははは、10年ぶりにですか?! 判明!というよりも、記憶がよみがえった、という感じでしょうが、まぁ、少しはお役に立てたという事で、良かったです、ははは。

変わったツァー・グループでしたね、それは。 でもまぁ、食事に差がつけられた訳では無くて良かったです! 食い物の恨みはきついですものね、ははは。
ポルトガルでは美味し鰯を食べたり、ジャガイモと鱈のグラタンをやはり食べられたでしょう? あれは美味しかった!!
Commented by kaida-poppoya at 2013-06-30 10:09
それが、あまり食べ物を思い出せなくて。。。?やたら、教会へ連れて行かされた(笑)思い出と、フランクフルトからミュンヘン乗り継ぎを自力で!(汗) 現地集合型のツアーでしたので、ハラハラドキドキ。。。朝早く入った教会の聖歌隊。。。その涼やかな歌声が耳に残ります。。。

ヴェローナも、ありがとうございました。
高い塔には上がりませんでしたので、あの景色も新鮮に。。。
丁度、一年前になってしまいました。
懐かしくて、主人は動画を切り刻んで、ブログに載せております(笑)
ヴェローナの三ツ星ホテル、MASUTINO 旧市街の門の傍ですが、超お勧めです! 朝食の特にクロワッサンの味が忘れられません!
Commented by italiashiho2 at 2013-06-30 20:49
★開田のポッポ屋さん、こんにちは! 再度有難うございます。

そう、そうでした。 町の移動はするのですが、大きな教会を見る為で、我らのグループでも、もう教会は良いよ、という声が聞かれました。 
フランクフルトの空港は大きい、というか移動距離が長いですよね、でも待ちあいのバールにお寿司がありましたっけ。

ヴェローナは少し長い距離ですが、それでも日帰りで行ける場所なので、ヴェネツィア同様、逆になかなか泊まるチャンスが・・。
お勧めのホテルをちょっと見ましたが、駅前通りの大きなお高いホテルですね。 私はあの4分の一位のお値段のホテルを探しますです、ははは。
Commented by BBpinevalley at 2013-07-01 06:44
なんだか有名人のオンパレードの彫刻なんですね。
日本とポルトガルで、お互いを知った年度に2年も違いがあるなんて、オドロキです。 沖でモタモタしていたのかしら。
いつもながら、とても詳しい説明で、とても勉強になります。
Commented by さだこ at 2013-07-01 09:47 x
SHINKAIさん こんにちは! 私も一言。

 発見のモニュメントだけで こんなに長いブログが書けるってすごい!!
 私は先頭のエンリコ航海王子と たった一人の女性がその母だという
事位の記憶しかないのです。

 でもでも食いしん坊の私は カルダスの朝市で買った大好きなナツメヤシ ナザレの海岸の焼き栗 鰯の塩焼き タコの炒め物 アンコウの雑炊 ジェロニモス修道院近くのエッグタルトの美味しい店でアツアツを頂いた・・・・思い出します。やっぱ食いしん坊だー!!

 後はアズレージョのきれいな青 現地ガイドの女性のトレンチコートと山高帽?姿 リスボンのファドのディナーショウでポッポ屋さんが ちょっとお歳のイケメン歌手のマントに 踊りながら包まった!!楽しい思い出も・・・・

 教会 お城 大学 ワイナリー ロト岬 10年前の記憶が蘇ります。

 
Commented by italiashiho2 at 2013-07-01 20:58
★BBpinevalleyさん、初めまして、こんにちは! ブログご訪問、来マント有難うございます。

そうなんですね、当時の世界歴史の中に占めるポルトガルの位置の高さ、大きさが分かるようなモニュメントでした。

いぇ、我々は種子島の鉄砲伝来を、ポルトガルの国との最初の触れ合いと考えているのですが、どうやらその2年前に豊後にポルトガル商船が漂着したのだとか。 ただこれの裏付けを調べきれませんで、日本のウィキにはそう書いてあるのですが、記事の中には書かなかったのでした。

どんな方なのかと今さっきちょっと拝見にあがりましたら、ニュージランドのオークランド! 
そして既にリンクもして頂いているのを知り、私の方からもさせて頂きました。  
有難うございます。  今後ともどうぞよろしくお願いいたします! 
後ほどまたゆっくりお邪魔させて頂きます。
Commented by italiashiho2 at 2013-07-01 21:06
★さだこさん、こんにちは! コメント有難うございます。

ははは、一言どころかたくさん、有難うございます。 
そうですか、女性が一人いるのはご存知でしたか、偉い!

負けずに、と言ってもポルトガルで食べた物では負けますねぇ。 ただナツメヤシの半分乾燥したのはイタリアでは年中スーパーで売っていますし、焼き栗は日本の栗の方が美味しいと思われませんでしたか?
アンコウの雑炊は仲間が食べて美味しいと言ってましたが、あれの半分から下の尾の方をグリルして、イタリアでは食べるのですよ、とてもおいしいです。  エッグタルトはまるで話を聞きませんでしたが、kazuさんも書いておられたから、日本人のガイドさんが紹介されるのかな。

次回は大学のお話もね。 また見て思いだして下さいね。


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