イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2015年 02月 05日

   ・・・ 塩田・サリーネ という名の町 ・ ヴォルテッラ近郊 ・・・

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       旅の下調べ段階はとても楽しく、色々知る事も多いですが、
       そんなこんなで発見したトスカーナはヴォルテッラ近くの町
       サリーネ・Salineのご案内です。

       ヴォルテッラ周辺風景は雄大で素晴らしかった、という
       ずっと以前の記憶があり、どう回ろうかと地図を調べていて
       目に付いたのが、ヴォルテッラの南西8k程の地名サリーネ。

       サリーネ・塩田?! こんな平野に?!

       勿論北ヨーロッパの岩塩採掘など知識としてはあっても、
       塩田と聞くとやはり海辺の塩田を思いますよね?
       で調べましたら、やはり古代より塩の採取で有名だった事が分り、
       も一つ、かってヴォルテッラまでの鉄道線があった事も知り・・、
       あれこれ纏めての今日のご案内です。

       上の写真は、ヴォルテッラの町から西方の眺めで、
       中程に細長く広がるのがサリーネの町、
       手前から蛇行しつつ行く道が、州道68号線。



       地図をどうぞ
       中程にヴォルテッラ・Volterraの町があり、南西の赤点が
       サリーネ・Saline、ティレニア海に出た所がチェチーナ・Cecina
       ここは今回後ほどご案内を。
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       そして東には、北からチェルタルド・Certaldo・ボッカッチョの町、
       ポッジボンシ・Poggibonsi、ここはシエナからサン・ジミニャーノや
       ヴォルテッラへのバスの連絡駅。




       海抜が530mもあるヴォルテッラの町から坂道を下り
       やっと路肩に止まれる場所から仰ぎ見る町。
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       右端に並木が途切れ、人の姿がチラッと見える辺り、
       あの辺りから、明け行く平野を眺めたのでした。

       朝の平野の姿は




       州道68号線といっても、やっと2車線のカーヴの多い道で、
       上手く止まれる場所を探しつつ、
       次々と変化する風景を睨みつつ・・!
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       西に進んでの右手、つまり北側の風景よりも、
       左側南の風景の方が雄大で変化に富むのですが
       逆光になり、ほんの少し靄で色が少し冴えず・・。
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       振り返ってのヴォルテッラの町
       上でもご覧頂いた旧市街中心の洗礼堂やプリオーリ宮のでっぱり、
       そして右端の傾斜に沿って大きく見えるのが、メディチ家の要塞。
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       北側の風景、写真整理中に気がついてちょっと感嘆したのは
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       見え難いのをご容赦願い、部分を半分切り取ったのがこれ。
       お分かりですか、電線が平野を3本走るのに
       びっしりと黒い鳥、中には少し灰色も見えるのですが、
       大きさから考え多分カラスの種と。
       こんなにもびっしりと止まっているのでした!
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       茶のなだらかなハーモニーもあり
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       濃い茶と、緑の縞々の段だらと
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       大きくカーヴする道、白く丸いのは、どうやら現代彫刻らしい
       のですがぁぁ、大きな廃墟も見え、
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       ・・なんだろ、これ? 要塞とか居城跡かな?
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       もうそろそろサリーネの町に近い位置
       shinkaiのパンダちゃんと、車の陰でスケッチするmkちゃん。
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       この頃はグーグル・マップの地図、衛星地図、
       ストリート・ヴュー等、とても便利で活用していまして、
       町の様子も先に大体探る事が出来ますよね。

       でやはり、サリーネの町自体は街道筋に家や店が立ち並ぶ
       変哲もない町でして、失礼、
       見かけた道路標識だけ撮っておりまして・・
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       東ヴォルテッラまで8k
       西チェチーナまで30k
      



       最初に書きました様に、サリーネの町の由来を読んでいて、
       かってヴォルテッラまでの鉄道が通っていたのが、
       現在は廃線となっている事を知りましたが、

       こちらがその駅、鉄路はここで途切れます
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       上の写真で奥に見える駅舎ですが、写真に見える右の
       ガードレールのすぐ横は州道が通り、かなりの車の往き来があり、
       駅舎の前までは行かなかったのですが、
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       こちらがサイトから拝借の駅舎正面の様子。
       サリーネ・ポマランチェ・Pomaranceのポマランチェは、
       サリーネから南に行った町。
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       これがかっての鉄道線の行程。
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       どこの国にも鉄道ファン、それもかっての蒸気機関車ファン、
       廃線になった鉄道線のファンなるものが居られる様子で、
       今回調べているうちに、かなりの情熱をこめた記事も写真も
       見つかりまして、あれこれ知ることが出来ました。

   
       まず、ヴォルテッラに向ってはかなりの傾斜となるのが
       お分かりですよね。
       なのでこの区間3箇所にクレマリエーラ・cremagliera
       日本語でラック式と呼ばれる歯車を噛み合わせて傾斜を上る
       方法が採用され、西海岸のチェチーナ(リヴォルノ県)まで
       乗客、ヴォルテッラのアラバスターやサリーネの塩を運んだのだと。




       古い写真が見つかりました!
       まずラック式という、歯車を噛み合わせて傾斜地を克服する
       方法なのですが、
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       線路をご覧下さいね。 二本の通常の線路の他に、
       真ん中に太い線が見えるでしょう?
       この部分がぎざぎざの長い歯車になっているのですね。

       写真の背景の風景から見て、ヴォルテッラの町から
       坂を下り西に向う位置と思いますが、
       見物人も出ているのが、楽しい!! ははは。




       もう一枚どうぞ。
       こちらではっきり真ん中の歯車式が分りますね。
       そして小さめの機関車の車体自体が傾斜し、可愛い!
       前についている輪が歯車を噛む式になっているのが見えます。          
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       あの急坂のヴォルテッラの町のどこに鉄道駅があったのかと
       考えましたが、どうやらメディチ家要塞の下の平地部分に駅が
       あった様子で、現在はバス駅に利用されているとの事。



       所でサリーネの駅を傍まで見に行かなかったのは、
       廃線になったと読み、てっきり駅も使われていないものと
       思ったからなのでしたが、
       サリーネから西に向う部分は生きていたのですね。

       後先逆になりますが、ここの鉄道線について書きますと、
       西のティレーニア海側のチェチーナからサリーネの30km間が
       開通したのが1863年10月20日
       更にヴォルテッラまでの開通は1912年だったとの事。

       第二次大戦中に破壊されたりもあったのが、戦後直ちに復活、
       貨物列車がせっせと活躍していた様子ですが、
       次第に貨物での運搬物資が減り、様々な新しい試みもされた物の
       ヴォルテッラ・サリーネ間が閉じられたのが1958年11月12日
       はい、この区間は大変短い運行期間だったのですね。

       そして車での運搬が増え、サリーネ・チェチーナ間も
       遂に1990年代に貨物の運行が止まり、乗客輸送のみになっていたのも
       1999年の川の大氾濫による被害があったりで止まり加減だった様子。



       それが漸くに何ヶ月間の保線修理も終え、
       2013年12月4日に西海岸側とを結ぶ鉄道線が再開されたといい、
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       現在は日に4往復、日曜日と、学校が閉まるクリスマス休暇と
       夏休みの6月最初から9月の最初まではお休み、という運行。

       そうなんです、我がスコミーゴ村を通過するバスも、
       ちょうどこんな運行本数で、日曜と学校のお休み期間は無しで、
       イタリアの田舎の場合はこういうのが多いのではないかしらん・・。
       



       所でこのヴォルテッラ・サリーネ間の元の線路跡
       通行できるようだとグーグル・マップで知り、
       あの狭いカーヴの道で停車できる場所を探すよりも、
       こちらの方がゆっくり風景を楽しめるかもと、行って見る事に!
       へい、好奇心いっぱいのshinkaiですよってね。

       衛星地図をどうぞ
       赤点がサリーネの町、左下の電車の印が駅の位置で、
       小さい赤点ポツポツが元の鉄道線路跡、上を黄色の州道が通ります。
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       細眺めの池に見えるのが、町の名サリーネ・塩田の由来となるもので、
       大きな赤点を打った辺りに我々は間違えて入り込んだのでした。




       駅の近くで丁寧に教えてくれる人に出会い、確かに入り込んだ道は
       正しかったのですが、行き過ぎてしまい、ははは、こんな道!!
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       出会った高年シニョーレにヴォルテッラまで行けるかと訊ねると、
       途中の橋が落ちているから、そこまでは行けるけど、
       あとは車では無理だというので、では、そこまで行こうかと。

       春からずっと大雨が続いていましたし、4輪駆動の大型車でも
       通ったのか酷い道になっており、
       直に、やめた方が良いね、と車を回そうとしてガタンと
       落ち込み、友人が右だ左だと指示を出してくれて脱出成功!




       その道脇に車を置いて、暫く先まで歩いて行きましたが、
 
       普通車は寄せ付けない凸凹道も、蟻は大丈夫なのね、ふむ。
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       道を間違えていた事は、今回ブログ・アップの為にもう一度
       グーグルマップを確かめて気がついたのですが、
       
       間違えずに元の鉄道線路跡に入り込んでいたら、
       この塩田は見れませんでした! ならば幸運だったのかな? へへ。
       はい、これがサリーネの塩田なのです。
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       塩田といっても、海水を平たい畑に通し、太陽の陽で乾燥させる
       のではなく、ここのは塩水の湧き水利用でしたし、
       こうしてご覧になる様に、いわば岩塩状態ですね。
       まさにこの一帯には、イタリアにおける大きな埋蔵量
       地下にあるのだそう!

       エトルスクの時代からここの塩辛い湧き水は利用されていた様子で、
       ローマ期には既にそれを記したものがあリ、
       中世を通しこの湧き水はモイエ・moieと呼ばれ、
       この地方の経済を潤し、当時はヴォルテッラの司教領主の
       持ち物だったのも、コムーネに渡り、そしてフィレンツェ共和国に。

       塩田の最初の記録が残るのは980年頃、
       当時ドイツのザクセン地方で岩塩鉱が見つかり、
       神聖ローマ帝国皇帝オットーネ2世が、技術を学ぶよう
       この地方の塩製法の親方達を招いたものだそう。

       フィレンツェ共和国、トスカーナ大公国に渡った後も、
       大きな税金はかけられた物のこの地のものとされ、
       どんどん大掛かりな製造法になって行った様子。

       モイエ・塩水の湧き水から塩を取り出す方法
       ちょっと面白くダイナミックなので書いてみますね。

       5つの井戸(6つと書いてあるのも)から巻き上げ機によって、
       24時間に500杯もの塩水が大バケツで汲み上げられ、
       幾筋かに分けられた道を通り槽に溜められ、
       そこから再度幾筋かの道を通り8基の燃焼器に。

       燃焼器の下は鉛製の格納庫とでも言うのか、になっていて、
       3時間毎に木製の熊手で出来上がった塩を掻き出す仕組み。

       昼も夜も焚き続けるために、一つの燃焼器に付き3人の男が働き、
       この燃やす薪は、一日にロバの積荷にして100荷もの薪が必要。
       パスクワの休暇以外は休むことが無いので、
       周囲5マイル一帯は薪の山で埋まっていたんだそう!

       3ヶ月ごとに石の燃焼器が新しく作られ、その上に鉛の塊が置かれ、
       その鉛が溶け石の燃焼器の形となり、塩が燃焼器から出る時に
       乾燥するのにちょうど良い形になるのだそうで、・・ご想像を!
       出来た塩は即袋に詰められ、ヴォルテッラの倉庫に送られたと。

       トスカーナ大公国からイタリア王国に、そしてイタリア共和国にと
       持ち主が移り、塩も国家専売品に。




       塩田脇より眺める現在の精製工場で、アティサーレ・Atisale.
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       サイトを見ましたら、所有の3つの塩田の説明があり、
       ここサリーネのは、地下100~200mにある1700平米の岩塩で、
       大変純度の高い細かい塩なのだそう。       

       イタリア内に所有する3つの塩田の様子も知れるサイト




       道をもっと進むと、こんな廃屋もあり
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       小池もあり、・・うん、ここも塩味かな? ははは。
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       草や細かい枝に絡みつくようなカタツムリがあちこちに
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       そして、塩からトンボ風、かなり大きめ。
       ね、塩田脇に塩からトンボなんて出来すぎですよね、ははは。
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       道はまだまだこんな風に延びて行き
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       振り返ると、遠くにサリーネの町並み
       小さな小屋の先に、小さく見えるshinkaiのパンダちゃん。
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       も少し先の小高い所から眺める、ヴォルテッラの町
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       さて、引き返す事にしましょうか・・。

     
       少し長い説明もありましたが、
       どうぞ、お楽しみ頂けました様に!



 
     *****

       水彩ブログには、 早春の野 北ラツィオ ・ 途中経過 を
       アップしております。
       見てやってくださ~い!    
     
    
     *****        
       

       いつもブログご訪問、有難うございます!  
       


       




by italiashiho2 | 2015-02-05 02:37 | ・トスカーナ州 | Comments(14)
Commented by hairpriori at 2015-02-05 08:31
駅舎なんかは
とても画になりますね
Commented by italiashiho2 at 2015-02-06 00:24
★hairprioriさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうですね、ちょっと寂れた感じがありますね。
Commented at 2015-02-06 20:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by italiashiho2 at 2015-02-07 01:32
★Tさん、こんにちは! コメント有難うございます。

お久し振りです!
はい、ぼちぼち続けておりますので、また見てやって下さいね。
Commented at 2015-02-08 20:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 小父さん  1 at 2015-02-08 23:19 x
こんばんは

>で調べましたら、やはり古代より塩の採取で有名だった事が分り、

塩と人間の関わりは古代からなんですね。
しかも塩田で!

>あの辺りから、明け行く平野を眺めたのでした。

お~っ楽しいですね。
私の山歩きはちらっちらっと振り返るくらいでひたすら歩くのみ。

ヴォルテッラの朝 ・ 目覚めてゆく町と平野のページはうっとりしましたね。

>上手く止まれる場所を探しつつ、

駐停車できるってことは交通量は比較的少ないのでしょうか?

茶色の大地から緑に変わりましたね。

>逆光になり、ほんの少し靄で色が少し冴えず・・。

の手前は石っころですか、土ですか?

振り返って見えるメディチ家の要塞についつい目が行きます。

>こんなにもびっしりと止まっているのでした!

いやいや鳥の習性は興味深いものです。
Commented by 小父さん  2 at 2015-02-08 23:20 x
>茶のなだらかなハーモニーもあり、

ここはまた違いますね。
あらあら、その下は横縞模様!

要塞とか居城跡がアクセントですね。

shinkaiのパンダちゃんって車のことですか?

>こちらがその駅、鉄路はここで途切れます。

うわー、アメリカの西部劇にでも出てきそうなシーンに思えます。

そうですね。
昔鉄道、今トラック輸送全盛の時代なんでしょう。

>ヴォルテッラに向ってはかなりの傾斜となるのがお分かりですよね。

地形図を読まれるんですね、拍手です(笑)

お~っモノクロ写真のSLが頑張ってる~!
下の機関車は面白いです。
まるで遊園地の乗り物みたい。
いや、文明は登るSLも工夫したんですね。
今では電車がスイスイ走りますが。

へーっ19世紀、20世紀の初めにもう走っていたんですか!
Commented by 小父さん 3 at 2015-02-08 23:21 x
>遂に1990年代に貨物の運行が止まり、乗客輸送のみになっていたのも       1999年の川の大氾濫による被害があったりで

近代史そのものですね。

>現在は日に4往復、日曜日と、学校が閉まるクリスマス休暇と

これは観光要素が強いんでしょう。

>大きな赤点を打った辺りに我々は間違えて入り込んだのでした。
>ははは、こんな道!!

こりゃー大変。

>この塩田は見れませんでした! 

まさに「捨てる神あれば拾う神あり」ですね。

>ここのは塩水の湧き水利用でしたし、こうしてご覧になる様に、いわば岩塩状態ですね。

写真ででもこのようなものは初めて見ました!!!

なんと紀元前8世紀から紀元前1世紀ごろにイタリア半島中部にあった都市国家の時代のものなんですか。

塩水の湧き水から塩を取り出す方法が面白いですね。
モイエからの錬金術みたいです!
Commented by 小父さん  4 at 2015-02-08 23:22 x
>塩田脇より眺める現在の精製工場で、アティサーレ

今でも工業化されてやっているんですか!
日本の赤穂や坂出から塩田が消えた理由が分かりました(笑)

なんだかアメリカで石油を掘り当てた話みたい!
イタリアの場所は忘れましたが海岸べりの塩のピラミッドに瓦をかぶせている寝かしている様子は最近テレビで見ました。

ぶらさがっているカタツムリが可愛いです。

塩田に居るから塩からトンボ?(爆)

そしてサリーネの町並みに別れを告げ、ヴォルテッラの町に戻ったんですか?
帰途につかれたのかな。
いやー有難うございました。
さて何ページになるでしょう!(笑)
Commented by italiashiho2 at 2015-02-09 01:42
★Tさん、こんにちは!

ああ、それはおめでとうございます! もうすぐですね。
体調にお気をつけて、お出かけくださいね。
ご盛会を祈ります!
Commented by italiashiho2 at 2015-02-09 01:51
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうですよねぇ、塩は本当人間の生活に欠かせませんものね。
きっと記録に残る以前から、製造はされていた筈ですよね。

ヴォルテッラの町は海抜が高いので、眺める平野が雄大でした!
そうなんですよね、日曜の歩き会の仲間でも、喋るか歩くかのどちらかでなかなか風景を愛でませんね。
本当にイタリア人は良く喋ります!!

はい、交通量は少なめ、町中と比べてなのですが、あのカーヴの多い道を結構飛ばすので、追いかけられますが、
脇が畑でガードレールもないので、適当に停める事が出来ます。

手前にごろごろ見えるのは、土を耕した後なのです。 大きなトラクターの鋤ですくのでしょう、ゴロゴロの大きな塊で、如何にも荒野という感じに見えるでしょう?!

そうです、パンダはフィアットのパンダです。 確か日本でも走っていると聞きました。
Commented by italiashiho2 at 2015-02-09 02:03
★小父さん、続けます。

鉄道線が途中で切れている、というのは、なんとなしに侘しい感じがしますよね。
昔の駅の写真もあったのですが、ほら西部劇でも見かける丸い大きなタンク、足が付いて高い位置にある水タンクもあったんですよ。

地形図を読むのではなく、ははは、小父さん、からかっちゃぁいけません、地形にそって影が付いて、ヴォルテッラの町の位置が高いのは分る様になってますし、実際自分で町の高さを見ていますもん、ははは。

そうなんですよね、ちょうど明治維新の時にはせっせと塩を運んでいたんですよね。
西欧使節団の人々の目にはどんな風に映ったのか、想像に難くないですね。

あ、そうではなくて、平日のみ日に4往復していて、あと学校のお休みには走っていないのです。 学生が主の乗客なんでしょうね。

アティサーレのサイトを見ましたが、ここだけ岩塩で後は海岸べりの塩田なんですよ。
南イタリアとかシチーリア辺りはやはり大きな塩田がある様ですね。

はい、ヴォルテッラの町に戻り、後まだ2,3日回って家に帰った日程でした。

こちらこそ、有難うございます!

Commented by MUSICA at 2015-02-09 13:16 x
毎日、どこかは拝見しているのですが、コメントはご無沙汰になって居ました。
神戸にいっていました。チューリッヒ美術館所蔵品が神戸市立博物館で公開されているのが気になって行ったのですが。結局見ないで帰ってきました。寒いし風邪でもひいたらと。
ひろしま美術館で丁寧に見た疲れがまだあって食傷気味。美術は不思議なものですね。広島での藤田画伯の作品はすべて金箔が張った上に書かれていました。
さて、きょうの写真4枚目が気に入ってしまいました。
書いて書いて。とおねだりしたい!!
Commented by italiashiho2 at 2015-02-09 22:33
★Musicaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あ、神戸ですか、良いですねぇ!
チューリッヒ美術館展というので何が来ていたのかサイトを見て来ました。
たくさんあれこれ取り混ぜて来ていたのですね。まぁ、実際に見たらまた別の印象なのでしょうが、余りたくさん別の種類が一緒くただと見るのに疲れるかもですね。

そうですね、絵を見るのにも体力が要ると思います。勿論絵の種類にもよるのだろうと思いますが、じっくり見ようと思うと疲れますね。 
それにあっちにこっちに知らず知らずに動きますしね。

上から4枚目というと、真ん中に家が何軒か並んでいるのですが、これは別の角度からの朝焼けのを今描いているのですが、
仰るのはきっとその下の逆光の、畑が左の緑の縞と右の茶に分かれている分でしょうね。
ええ、これは私も気に入っているので、いずれ描こうと思っています。 またその時に見てやって下さいね!


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