イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2015年 09月 09日

・・・ クーポラ登頂と、建設のあれこれ ・フィレンツェのドゥオーモ ・・・

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       さていよいよ、フィレンツェは花のサンタ・マリーア聖堂の
       大クーポラ・丸屋根の上に上ります!

       そしてかねてから知りたかった建設法について
       shinkaiの頭の程度でも分るように書いてあるサイトをあれこれ探し、
       私めが読んで分る程度、はぁ、これがなかなかで、ははは、
       漸く私なりに納得できた泥縄の知識を皆さんにも!

       あのクーポラは内と外と2重の構造になっている、と言うのは
       よく言われるので知ってますけど、
       では内と外とを別々に造ったのか?なんて考えられた事ありません?
       ああた、正直に仰いませ、shinkai同様そう考えた事もあったと。ははは。
       なので、実際にどう造ったのかを具体的に、知りたかったのでした。

       調べながら探しながら面白い事も分りましたので、
       そんなあれこれも含めての登頂記、どうぞごゆっくり!

       上は上空からの写真で、そうなんですよね、
       フィレンツェの街中のこんな狭い空間に
       偉大な美しい聖堂があり、赤いクーポラが街を睥睨!

       例によりブログ名のない写真は、サイトからの拝借です。

       フィレンツェのご案内全般は
       http://italiashio.exblog.jp/i27



       前日午後には長打の列だったクーポラ上り口ですが、
       朝8時半開いたすぐ後でしたので、すんなりと入場。
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       この上りの入り口は、聖堂の北側からだった事をご記憶に。
       で、こんな階段が続き
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       厚い壁の高い場所に小さな窓
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       そしてまた上り、今聖堂の庇が見える位置
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       内側の壁にこんな窓が開いている場所もあり、
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       ひょっと開けたかなりの空間、美術品の修復場所でもある様子
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       街がこんな風に見える高さまで来て
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       クーポラ内側の、フレスコ画の一番下の高さ
       この位置にクーポラ内を一巡できる通路があるのですが、
       上りの行程では全部回れないようになっています。
       で、写真の下に見える黒い線の位置まで、透明のプラスティック板があり、
       高さはほぼ肩位までで、下からは見えないようになっています。
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       このフレスコ画をほぼ同等の高さで見た様子は、
       また戻りの行程の時にご覧頂きますね。




       爪先立って覗く、聖堂内陣部
       右の流れが聖堂身廊部で、
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       これが正面扉方向
       正面のウッチェッロ作の時計も見えますが、
       こうして見ると、高さの関係で余り広く感じませんね。
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       当時にあって世界最大の丸屋根、現在も壁造りのクーポラとしては
       世界最大、の建設の流れですが、
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       1419 クーポラ建設のアイディア募集のコンクールが行われ、
          ブルネレッスキ・Brunelleschiが、型枠なしで造る事を提案。

       1420 正式なコンクール勝者の発表はなかったものの、
          ギベルティ・先回見て頂いた洗礼堂の扉の作者と、
          ブルネッレスキの2人が大頭・大師匠として任命され、
          8月7日から建設に取り掛かります。

       1425 建設に関しては不慣れなギベルティが失策をし、
          左官屋の反乱もあり、ギベルティは追放され、
          ブルネッレスキ一人の手に、仕事がゆだねられます。
 
          洗礼堂の扉のコンクールでも最後まで残ったブルネッレスキで、
          この2人は大変なライヴァルであった様で、
          ブルネッレスキはわざと不慣れな仕事をギベルティにさせた、とも!

       1436 クーポラの屋根部分が完成。
       1446 頂上の灯台部分の仕事が始まり、
       1461 一番上の円球と十字架が置かれ、建設完了。      




       クーポラの建設は、聖堂の建設が始まった当初から
       関係者の間で様々な検討がされた難問だったと言いますが、

       こちらは聖堂の大きさを比較する図
       の古くからあったサンタ・レパラータ・Santa Reparata教会を取り壊し、
       オレンジが、最初に建設を請け負ったアルノルフォ・ディ・カンビオ・
       Arnolfo di Cambioの考えた聖堂の大きさ、
       薄いオレンジ色が最終案、現在のドゥオーモ、クーポラのかかる大きさ!
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       なぜどんどんこんな大きさになったのか?!
       当時ヨーロッパ第一の財力を握るまでに成長したフィレンツェの街は、
       何が何でも大きな素晴らしい聖堂を造る力を持っているのを示したかったと!

       それにしてもちょっと笑えません?
       負けん気を起こしてどんどん大きなのを造り始めたのは良いものの、
       途中で、あ、クーポラはどうする?!と気づいて
       皆が深刻に相談を始めた、と言うのは、ははは。




       で、ここに登場したのが我らがフィリッポ・ブルネレッスキ
       Filippo Brunelleschi(1377-1446)
       公証人の息子として生まれたものの、金細工師、彫刻家となり、
       ギベルティと争った洗礼堂の扉の後、ローマに行き古代建築物を勉強、
       建築家となった人物。
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       ユーモアにも富む人物だった様子ですが、かなりのつむじ曲がりと言うか、
       性格の悪さでも知られた人だった様子、はは。




       ドゥオーモは1294-1295年から工事を初め、
       クーポラの基礎となるタンブーロ・ドラム部分の工事は
       1314-15年には既に完了していたと見られます。
       ただし、当時このドラム部の下に見える窓のある層の、
       窓は無かったそう。
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       ご想像を!
       こんなぽっかり天井の開いた聖堂があり、
       クーポラの建設はこんな所から始まったのを!!
       
       八角形のドラム部、内部直径は45m、外径が54m。
       従来の建設方法でドーム・丸屋根をかけるには、
       内側に木材で仮の支えのアーチ型を造っての方法だったので、
       それだとこの聖堂の大きさでは、到底重量を支えきれず無理なのですね。

       写真の下に見える図は、17世紀後半に再現された
       ブルネレッスキがドゥオーモ工事のために発明した
       内部で使用した足場。




       これは現在のクーポラ見学の行程でもあり、図の矢印のように
       時計回りに工事も進んだものと
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       上の図と同じ物ですが、
       ご説明のために番号を打ちましたので、それでご覧下さいね。
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       1.Calotta・半球、屋根のドーム
         内側はある部分では約2mの厚さ、これは他の部分も殆ど同じで、
         外側はもっと薄く、基礎部分は1,3m、頂点部は90cm。

       聖堂のクーポラは2重構造になっている、という図で、
       内と外の厚さの比、そして内側が外を支える関係になっている、
       というのも、この仕切りの壁の様子で良く分ると思います。

       縦と横の仕切り壁の数の関係も、右側でお分かりかと。
       
       
       2.Scalo・寄航地、引き上げ斜面
         建設中の工事労働者達の仕事や補填をしやすくする為に、
         2つの壁の間を石段が通っている。 
         窓から明かりを取った3段階の歩道で、
         最後の段階は直接に急傾斜を内側から外に出るようになっている。

       はい、これが現在クーポラ見物の我々も通っている道で、
       壁と壁の隙間、幅は約1,2m。

       3.Mattoni・煉瓦
         ブルネレッスキはレンガを「ヘリンボーン・杉綾織」に
         並べる方法を上部に、下部には技術ミックスを使った。
         そしてヘリンボーン式の場合、クーポラの傾斜に合わせ
         軽く内側に傾けるように、そして別のレンガとの間が少し開くように
         角を回して置き、隙間をモルタルで埋めた。
         これは衝動や振動を和らげ、ずれを防ぐ為の工夫である。
       
       4.Costoloni esterni・外側のリブ、白い肋骨
         クーポラ基礎のドラムの角部分から延びる付け柱。

       5.Embrici・瓦
         クーポラの外を覆う瓦。

       6.Buche pontaie・組足場用の穴
         足場を組む為の梁を通した穴。 
         何世紀にも渡って残されているのは、修復用の足場に使うので。       
       
       7.Lanterna・灯台
         クーポラの頂上にある冠、小礼拝堂を模した大理石製で、
         美的な意味づけの他に、2つの層の壁が合い閉じられた場所。              
       
       8. Volta interno・ヴォールト内部
         ジョルジョ・ヴァザーリとフェデリコ・ズッカーリによって、
         フレスコ画が描かれた。

       9.Loggetta・外のバルコニー、通廊
         多分ブルネレッスキによって既に予見されていたと見られ、
         1512年にバッチョ・ダンジェロ・Baccio d'Angeloにより
         建設され始めた物の、ミケランジェロの「コオロギの巣みたいだ」
         という酷評により取りやめになった。

        クーポラの南東側に一部分のみ残っている、あれです。

       10.Tribune morte・(使われない)観覧席
         クーポラからの重量を外側に逃す為の張り出しの扶壁。

       11.Oculi・丸窓




       以上なのですが、部分的に補充する事にし、
       ははは、shinkaiは一度読んだだけでは分らず、あれこれその説明を
       納得行くまで求めましたので、皆さんにも復習を兼ねまして、

       左上が内の壁と(実際は内側がもっと厚いのですが)外の壁
       そして間の支え壁の様子
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       壁の厚みですが、これには内部が2,1m~1,5m
       外側が75cm~38cm。
       この数字は上での数字とは少し違いますが、大体これ位だとご了承を。
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       で、問題は右の図で説明している事なのですが、
       数学に弱いshinkaiには数字を使ってのご説明が出来ませんで、ご容赦、
       
       つまりクーポラの上部に進むにつれ、壁の厚みすべてが
       内部へ傾斜し、その断面が切り立っていく訳で、

       これが最大の建築問題点だった様子で、如何にそれを解決したか、
       これについては、クーポラ内の中心点に立てた軸棒を基点に、
       「コルダ・ブランダ・緩やかなロープ」というのを使って
       断面の傾斜を決めていった様子です。

       これの説明(イタリア語!)とヴィデオがありますので
       それで様子を推察して下さいませませ。
       教授が手にされている傾斜棒、これがコルダ・ブランダの働きです。



       こちらがクーポラの壁の傾斜度数!
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       上にも足場の復元図の小さなのが出ましたが、
       
       これもブルネレッスキが発明したといわれる起重機
       下には馬が1頭ですが、私が見たヴィデオでは牛が2頭回り歩き、
       単に荷を吊り上げるだけでなく、(確か)歯車の向きを変えることで
       荷を下ろす事もできたのだと。
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       所でドゥオーモの5分の一サイズのミニが造られ、見る事が
       できるそう。 場所はフィレンツェのアルノ河を渡って東に、
       アンコネッラ公園・Parco dell’Anconella内。
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       クーポラの傾斜部分に使ったといわれるヘリンボーン式の
       レンガの並べ具合も見えますが、
       前におられるのが設計家のマッシモ・リッチ氏・Massimo Ricci。
       近年のドゥオーモの研究者で、彼の指導を受けて実際に作ったのは、
       フィレンツェの建築高校の学生達だそう。

       5分の一サイズで、煉瓦も同じにし、当時の手法を使い造ったそうで、
       向こう半分は口を開け、中からの様子も見れるようになっていると。




       こちらはクーポラの壁建設の進み具合
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       煉瓦の繋ぎのモルタルの乾き具合を見ながらのゆっくりの仕事。
       工事人は一列を1週間かかって並べたそうで、
       カタツムリの歩みのようにゆっくりと、30cmの高さに1ヶ月かかったと。

       上記したコルダ・ブランダ、ドラム部の円の中央の基礎点に
       結び付けられたロープを使い、
       各煉瓦をどこに置くべきかを指示したそう。

       そうそう、ブルネッレスキは働き手を88のグループに分け、
       一つのチームに何人かは分りませんが、少なくとも88人は居た計算で、
       各人がそれぞれの箇所を請け負っていたと。
       
       これで賃金などが分るともっと興味深いのでしょうが、
       それには本を買って読まないといけませんですね。

       ナショナル・ジェオグラフィックのヴィデオもどうぞ。




       所で使用した煉瓦について読んでいて、インプルネータのコット
       cotto dell'Imprunetaという言葉に出会いました。

       コットというのはテラコッタの事で、インプルネータはフィレンツェの
       南に位置する町の名、古くからテラコッタの生産で知られた町で、
       ブルネレッスキは厳しい冬の寒さにも強いここの煉瓦を
       クーポラの建設資材に選んだのですね。

       あの大きなクーポラの重量を支えるにも、大理石に比しての
       焼き煉瓦の軽さが必要だったのですが、
       粘土に含まれる鉄酸化物があの赤さを生み出すのだそうで、
       クーポラの外側に張られた瓦の色がまさにそれですね。

       修復に即使える様に、瓦は当時の色を保つ為に
       ずっとそのまま日に晒されつつ、現在も保存されているそう!

       ブルネレッスキの建設煉瓦への要求は厳しく、
       形がきちんとしている事、良く焼いている事だったと。


       で、このインプルネータの窯元で働く人々の間から生まれた
       有名な土地の料理が「ペポーゾ・デル・インプルネータ
       Peposo dell’Impruneta」これです。
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       この写真にはトウモロコシの粉で作るポレンタが添えられていますが、
       フィレンツェでもポレンタを食べるのかな?

       テラコッタの窯元で働く人たちが、窯の隅にテラコッタの鍋を吊るし、
       材料の牛の筋肉とワインを入れそのままほって置くと、
       5時間後には美味しく柔らかく煮込まれた筋肉が食べられるという、

       ブルネレッスキはこの料理を建設現場にも持ち込み
       工事人たちが昼時にいちいち下に下りずに済む様に、
       食事場所を建設現場の上に作り、勿論トイレもね、
       飲んでも酔っ払わないように、水で薄めた赤ワインを添えたと! ははは。

       ペポーゾの簡単リチェッタは
       ・1kgのキアニーナ牛の筋肉
       ・1Lのキアンティ・ワイン
       ・20粒の黒胡椒  胃の弱い方は少し控えめに。
       ・5片のニンニク、薄皮のまま
       ・サルビアとローズマリーノ、塩
       ・トスカーナのパン

       筋肉は小さ過ぎない角切り、他の材料も鍋に入れ
       ワインを注ぎ、火は弱火、筋肉が余り柔らかくなり過ぎない程度に
       煮込みます。
       最後にパンを切りトーストし、ペポーゾの上に乗せ、即サーヴィスを。

       ミラノのトスカーナ料理店でも食べれるそうで、サイトは
       www.tavernetta.it




       さてでは、再度登攀にかかりましょう!
 
       天井部が少し傾いていますが、狭いながらまだ普通の階段で、
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       わぁ、サンタ・クローチェ教会が見える! 
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       徐々に暗く、急坂となり
       目に故障がある私めは暗いと鳥目で、足元を確かめつつ、
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       ほら、この高さに大きな窓があり
       真ん中がバディア・フィオレンティーノ修道院の塔、
       左がバルジェッロ宮の塔。
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       いよいよ急坂! でもまだ撮ってる、ははは。
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       この時点で初めて煉瓦の壁に出会い、通路が角ばり、
       煉瓦が斜めに走っているのに驚いたのだと。
       ほら、ヘリンボーン式に縦に挟まる煉瓦も見えますね。
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       左手からの壁の傾き、中の通路も右に曲がりつつ上り、
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       左手前、中側の壁の煉瓦の並びの傾斜具合!
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       本当は壁ももっと傾いていたのかも。




       暗くて見えにくいですが、穴倉を通り抜けて行く様な
       頭の上からのも、石段の横も傾いていて、
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       これは過ぎてきた方を振り返っていますが、外の壁、中の壁共に、
       傾斜している煉瓦の並びをご覧下さい!
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       最後の天上部に上る部分!
       女性の皆さん、ミニははいて行かないで下さいね!!
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       463段の石段の末漸く辿り着いた天井の穴、
       小さい灯台部への出口、これは聖堂の正面側にあったと。
       入り口の石のすり減り具合!!
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       クーポラが建設されたドラム部分の高さは、地表から55m、
       クーポラの高さは34m。
       聖堂全体の高さは、ランテルナの上の十字架の高さまで入れ、
       116,5m!!

       クーポラが出来て後、再度ランテルナのコンクールが行われ、
       当然ブルネッレスキの案が選ばれますが、彼は最後の仕上がりを見ず
       1446年に世を去り、
       ランテルナが建設され、1461年、上の金色の球、十字架も据えられて、
       全部の完成を見たのは1468年の事。
       
       



       ばんざ~い! フィレンツェの街だよぉ!
       ドゥオーモのクーポラに上ったぞぉ!! 
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       街に落ちるクーポラの影!
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       クーポラの建設については私の長い宿題でしたので、
       今何とか書き終えて、ホッとしています。
       上手くご説明できています様に!




     ◆ お知らせ ◆

       10月10日から18日の、諏訪のギャラリー橋田さんでの
       個展が迫りました。

       DMが出来上がりましたら、またご案内させて頂きますが、
       ご住所をお知らせいただけると、画廊にお知らせし、
       直接ご案内状をお送りできると思います

       新しくご希望の方は、ご住所とお名前を
       コメント欄の「管理者にのみ閲覧」にチェックを入れ
       お知らせ下さいませ。

       頂いたご住所、お名前は他には出しませんので、
       宜しくお願いいたします。 



     *****

       水彩ブログには、 ヴェネツィアのピンク2枚  描き初めと途中経過 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    

 

     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     






by italiashiho2 | 2015-09-09 01:26 | ・フィレンツェ | Comments(12)
Commented by シニョレッリ at 2015-09-09 11:22 x
shinkaiさん、こんにちわ!

ブルネレスキを邪魔するために、クーポラ制作に従事する作業員を先導使嗾してストライキを起こさせたんですから、ギベルティって本当に嫌な奴ですね。

クーポラのフレスコ画を観ると、何時もその制作風景を想像します。足場を組んで見上げながら描いたんですよね。後にミケランジェロが書き記したように、絵の具が顔に垂れて時々に目に入ったと思います。
それに、あんな高い所で描くのは危険だったと思います。
事実、制作中に足場から転落して死亡した画家が何人もいました。覚えているだけで、ガンバーラ・ラッタンツィオ、ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロがそうでした。もっと覚えていましたが、近頃頭が悪くなって直ぐに名前が出てきません。
Commented by italiashiho2 at 2015-09-09 15:16
★シニョレッリさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あ、あのストライキはギベルティの差し金だったのですか、そうでしたか。
ギベルティはブルネッレスキの金細工師の仕事では師匠筋にあたるというので、あれこれ嫌味な事をしたのでしょうね。
まぁ、ブルネッレスキのほうはローマで建築の勉強をしたようですが、ギベルティは建築に関しては半ば無知だったでしょうし、彼が追放されたのはブルネッレスキにとって良く、仕事がしやすくなった事でしょう。

そうですそうです、あの強情なミケランジェロでも、絵の具が垂れて目に入る、と泣き言を書いているようですね。
天井画を描くのは、夏は暑く冬は寒く、大変な仕事だった事でしょう、半分は左官仕事を兼ねていますしね。
そうですか、やはり足場から落ちて亡くなった画家もいたのですね!
シニョレッリさん、近頃頭が、なんてとんでもないです。 この記憶力と活力、いつも敬服しております!!
Commented by 小父さん at 2015-09-10 18:50 x
こんにちは

たびたびお伺いしてはコメントを残せずに退却しています。
さあ、今度こそは最後まで頑張ります!!!(笑)

今日はクーポラという言葉をしっかり頭に叩き込みます。
ほんと、shinkaiさんは建築工学へ関心が高いですね。
しかも施工分野まで!

私も建設会社につとめていたのでその造りが不思議に思えます。

>あのクーポラは内と外と2重の構造になっている、と言うのは

なるほどなるほど。
奈良の大仏の築造なんかも思い出しますね。

いやいや、身近にないので考えたことなかったです!

睥睨 ヘイゲイなんて言葉もお初にお目にかかりました。
格調高っ!

>で、こんな階段が続き、

うわっ、これは私のトレーニング用の階段も顔負けです。

>そしてまた上り、今聖堂の庇が見える位置。

こちらの窓は凝っていますね。
え~っ、次のクロバーみたいな形状は作るの大変ですよ。

>美術品の修復場所でもある様子

うわー、作業台の横の司教?の像の大きなこと。
これを見るだけでも建物全体が美術品であることがうかがわれます。
Commented by 小父さん  2 at 2015-09-10 18:51 x
>街がこんな風に見える高さまで来て、
これは鉄格子なんですか!?

うはうは、屋根の内側にもこのようなフレスコ画が!!!
う~ん、あくなき美への追求といいましょうか。
現代建築が合理性の追求と考えるならば、その対極にこのクーポラがあるようです。

以前に書きましたか、設計に意匠と構造があるならば、古代ローマの建築家は絵を描いた
だけであろうと思いますが想像しましたが、
このようなものを見ると、デザインをする人・意匠屋さんの重要さを感じますね。

>右の流れが聖堂身廊部で、

この位置から見下ろしても、建物が機能だけではないことが思い浮かべられます。

>これが正面扉方向。

うわー、shinkaiさんがイタリアに魅せられた理由が想像出来るような気がします、

ちょっと、話がずれて
「額縁をくぐって物語の中へ」という  https://goo.gl/GOgdvp
私向けのNHKの番組があったんですが、こうやって建物の中にいるとまさに額縁の中に立っているようですね。

>ブルネッレスキはわざと不慣れな仕事をギベルティにさせた、とも!

なんだか想像つきますね(笑)
いや、二人の意匠設計屋は共存できないのかも知れませんね。

>薄いオレンジ色が最終案、現在のドゥオーモ、クーポラのかかる大きさ!

ひゃー、なんだか東京スカイツリーの建設や、商業ビルで近鉄の
あべのハルカスhttps://goo.gl/egD6if が建てられ、
今度は三菱地所が東京駅前に390mの日本一ビルを計画した http://goo.gl/T0rE9t
発想にも似ている気がします。
Commented by 小父さん  3 at 2015-09-10 18:52 x
>途中で、あ、クーポラはどうする?!と気づいて

施工技術が問題ですよね。

>八角形のドラム部、内部直径は45m、外径が54m。

いやー凄い!!!
shinkaiさん、とても詳しく読み込まれましたね。
これは、この時代のピラミッド建設みたいな気がしてきます。

これって原子力発電所のドームもこれを真似たんじゃーないかとも思えてきました(全然根拠なしに書いています)

>「コルダ・ブランダ・緩やかなロープ」というのを使って

これが、一番難儀したところでしょう。

いや昨日もこのヴィデオを見ましたが序章を今日の方が読んでいるだけにその迫力を感じます。

>ブルネレッスキが発明したといわれる起重機

これも大きな要素ですね。

>カタツムリの歩みのようにゆっくりと、30cmの高さに1ヶ月かかったと。

これは学ぶ学生には魅力的でしょうね。

>ナショナル・ジェオグラフィックのヴィデオもどうぞ。

これは気の遠くなるような地道な仕事の積み重ねですね。
かつ、構造力学も進んでいたのではないかと思います(私も数学はめっぽうに弱いです)
今の時代だとコンピュターも活躍するでしょうけど・・・。
Commented by 小父さん  4 at 2015-09-10 18:53 x
Cotto di Impruneta 画像検索からこんなものも見つけました! https://goo.gl/TVuuuU

>クーポラの外側に張られた瓦の色がまさにそれですね。
   ↓
https://goo.gl/dMSbbj  この世界ですかね。

はっはっは、「ペポーゾ・デル・インプルネータ」は料理なんですね。
私はまた建築材料かと思いましたよ(笑)

>工事人たちが昼時にいちいち下に下りずに済む様に、食事場所を建設現場の上に作り、勿論トイレもね、

東京スカイツリー建設映像で見た世界がもうこの時代に展開されていたんですね!
現代ではアルコールは禁止でしょうが。
何が怖いかと言ったら、高血圧者ほかの墜落、転落に注意を払っていますね。

すみません、まだまだ続いていますが、一旦休憩に入らせていただきます。

しかしshinkaiさんは絵筆を持たれるようにこのページを作られましたね。
ほんと敬服致します。
Commented by italiashiho2 at 2015-09-11 00:32
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

ははは、何度か退却ですか? これは嬉しい、だって私メも意味が分って自分の言葉で書けるまでに大分かかったのですもの、ははは。

いえ、建築工学なんてまるで分りませんで、でも作業の人たちがどうやって働いたかとか、そういうのには興味があるので知りたいのです。 この度は、最初は2重になっているという壁を、どちらから先に造ったんだろうという程度の知識からでしたので、ははは、冗談抜きに、分るまでが大変でした。
でも段々分って納得できてくる、時に作業員達の食べた物まで分ってくると、これが楽しくて頑張ります。

小さい窓はガラスが入っている程度ですが、あれ位大きな窓になると、やはり鉄格子が入ってますね。

ローマ期の建設技術は本当に優れていて、それにローマ人というのは公共建築の大きな物を造る技術に長けていて、コロッセオに使っている石などでも本当に大きなのを使っているのですね。
それが中世になると到底ローマ期の技術には及ばなかったと言います。
それにローマ期の建設は大きいだけでなく、本当に美しい建設だと思います。 

ブルネッレスキとギベルティのライバルぶりというのは、上のシニョレッリさんのコメントにあるように、作業員達をけしかけてストライキさせたらしいですから、まるで合わない2人が共同で仕事を出来るわけがないですよね。
Commented by italiashiho2 at 2015-09-11 00:45
★小父さん、続けます。

あの「コルダ・ブランダ」というのもどうやら近年になって分ったらしいのです。 多分様々な憶測やらそれらしい技術について想像されたのでしょうけど、今までは確証できなかったらしいのです。

それに、分ってみればなるほど、の事であっても、それを考え出すというのが一番大変な事で!
500年以上前の、あのポカンと天井の開いた聖堂にクーポラをかける技術を考え出す頭脳を持ったブルネッレスキがいた、というのも考えて見れば凄い事ですよね?!

そうですよね、今頃は事故の無いように決して建設現場では飲まないでしょうけど、あの当時は、というよりも、イタリア人はお昼ご飯の時に飲めない、というのでは仕事をする気力を失くすでしょうね、ははは。
それにしても相手もさるもの、水で割ったワインを出した、というのが可笑しかったです。

絵筆を持つようにこのページを、ですか?!
小父さん、有難うございます!! これはもう私にとっては最高のお言葉です!!

Commented by kazu at 2015-09-12 13:10 x
日本での個展が迫ってお忙しい中クーポラの建築の過程から難しい設計図やら1度読んだだけでは理解するには至りませんでしたがこれをまとめた事に脱帽です。
しかもあの階段を上までのぼり写真もしっかり撮られてきたんですね。
下から眺めながら高所恐怖症の私には石の階段を見ただけで目が回りそう!
こんなに詳しい案内は他にはありません。
写真でてっぺんまで登った気分です。
足腰は大丈夫でしたか?
Commented by italiashiho2 at 2015-09-12 13:47
★kazuさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あれ、高所恐怖症ですか?! それは残念ですねぇ。 私は何とかの高上がりで、はは、高い所が大好きなんです。 
大体の有名な塔は上がったと思うのですが、あとヴァティカンのクーポラがまだなんです。 脚がまだ大丈夫な内に、と思っていますが。
上るのに足の方は何とか大丈夫だったのですが、暗いので、これが鳥目にはきつかったです。

はい、あれこれたくさん読み、サイトからの写真も探しましたよ。 でも何とか自分が理解したかったのですね。 日本語で書いてあるのが見つからなかったので、そうなると何とか知りたくなるので、ははは、頑張りました。
絵を描くのにもちょうど良い気分転換ではあるのですけど、今頃は時間が取れにくくなって、それがちょっと大変ですが、
でも和さんに褒めていただいて嬉しいです! 有難うございます!
Commented by ミ~タ at 2015-09-13 21:19 x
以前から何百年も前にこんな巨大な教会をどうやって作ったのだろうと、ヨーロッパを旅行するたびに驚嘆したものです。
少しでも計算を間違えると建築中に崩れてしまうと思うのですが、やはり煉瓦一つにもこだわっていたのですね。
私も高い所が苦手なのでshinkaiさんのブログで登ったつもりになります(山は良いのですが、地に足がついていないのは駄目)。

日本での個展まで1か月を切りましたね。私もお邪魔するつもりです(DMの送付先は別コメントで書きます)。
楽しみにしています。


Commented by italiashiho2 at 2015-09-14 13:23
★ミ~タさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうなんですよねぇ、私も最初にイタリアに来た時、アーチはどうやって造るのかと思いましたもの。
最初は建築家というのがおらずで、ジョットなども鐘楼の建築を任されていますが、やはり途中から引き継いだのがジョットの計算間違いを発見して手直ししたとか、読みました。
ピサの斜塔だけでなく、あっちにもこっちにもかなり傾斜した塔もあり、ああいうのも地盤工事の問題点なんでしょうね。

はい、個展に来て下さるとのこと、有難うございます!! この夏のドロミーティの事もお聞きできますね。 ご住所頂いたあちらのコメントは削除しています。


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