イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 01月 21日

   ・・・ ヴィッラ・ランテ ・ ラツィオ州バニャイア ・・・

       今回のタイトルをお読みになって即、ああ、あそこか、
       とお分かりになる方は、かなりと言うか、大変に通の方!
       と思うのですが、
       ここにはイタリアでも有数の庭園を持つヴィッラがありまして、はい。
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       首都ローマのあるラツィオ州ですが、
       北部に位置するヴィテルボ・Viterbo周辺を4年前の春に訪問、
       ヴィテルボはそれ以前にも訪問しているのですが、
       余りにも見所の多い土地、街町で、ご紹介できたのはほんの少し!で、
       ずっと私めの宿題になっておりました。

       が、この春再度ラツィオ訪問のチャンスが訪れそうで、
       前の分を消化しておかないと!とお尻に火がつきまして、ははは、
       頑張って写真整理、検索に励んでおりま~す。

       という事で、今回はヴィテルボのすぐ東にある町
       バニャイア・Bagnaiaの ヴィッラ・ランテ・Villa Lanteのご案内を

       トップの写真2枚は、バニャイアの町の広場なんと名前がない!
       というよりも、かっての町の中心は見える塔の、脇にある門をくぐった中にあり、
       この前の道をヴィテルボからのヴィア・フィウメ・via Fiumeが通り抜ける、
       という場所なのですね。

     追記です。 シニョレッリさんが役場で貰った地図に
       「9月20日広場」・ピアッツァ・ヴェンティ・セッテンブレ 
        と書いてあると教えて下さいましたので、訂正いたします。
       シニョレッリさん、いつも有難うございます!




       地図をどうぞ
       バニャイアの町はヴィテルボから東に5Kmほど、
       緩やかな坂道を上った所にあり、中世のローマへの巡礼道である
       ヴィア・フランチェージナが通っていた町。
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       南にあるカプラローラ・Caprarolaには、
       素晴らしいファルネーゼ家の城と庭園があり、ここは既にご案内済み。

       ヴィーコ湖・Lago di Vico 一帯も含め、ヴィテルボから南西に50kほどの、
       海に近いタルクイーニア・Tarquiniaにはエトルスコの一大墓地群があり、
       この町の博物館で見た有翼の馬の像も素晴らしかった!ので、
       ぼちぼちご案内できると良いなと思っています。
       
       今日は皆さんにも良く見て頂けるよう、不足の写真を
       サイトからかなり拝借しておりまして、
       shinkaiのサイト名のないのが、拝借した写真です。




       地図だけでは分り難いでしょうから、上空からの写真もどうぞ!
       これ素晴らしいでしょう?!
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       北上に、谷に突き出す形で見えるのがかっての古い町で、
       左上に見える谷を渡るアーチ型の道を左に行くとヴィテルボ、
       町に入って四角に見える広場が上の写真で見て頂いた広場。

       手前に四角く見えるのが庭園の一番下部分で、
       山腹に沿い、左側一帯にもずっと広く広がります!




       町の広場から上り坂の道の奥に見える庭園の門
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       さて、坂道を上り、庭園に入って頂きましょうか。
       この庭園の開園時間と値段ですが、月曜休園、
       夏は9時から19時半、冬は9時から16時半。
       入園料は大人2エウロ、シニアまたは学生1エウロ。
       
       エトルリア美術、ラツィオ州一帯の博物館に付いてのサイト
       http://www.artetruria.it/index.htm   



       上の写真で見えた門は中央の門で、現在の入り口はその右側にあり、

       入ってまず見えるのは、土地の段差を利用したペガサスの泉
       大きな円形の泉の真ん中にペガサス・翼を持つ天馬。
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       泉の右に見えた階段を上がるとこんな感じで、
       庭園内にある、並んだ建物2つの内の右側と、
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       右一帯に広がる林と言うか、広大な庭部分
       人々がゆっくりと散策を楽しみ、日向ぼっこをしたり・・。
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       上の写真に見えた右側の建物の脇にある門を入ると、
       奥にもう一つ、良く似た建物が。
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       これは手前建物の窓部分の装飾、フレスコ画ですが、
       上に見える四角い網の目に見えるのは、
       殉教した聖ロレンツォが炙られた格子を現しており、
       教会への忠誠を示すものなのだそう。
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       2つ並んでよく似た建物があると言いましたが、
       右はこの庭園を造った枢機卿ガンバラ・Gambaraの名を冠し、
       パラッツィーナ・ガンバロと呼び、
       30年ほど後に建てられた奥のを、パラッツィーナ・モンタルトと。




       覗きこんだガンバロ小邸の、内部装飾のフレスコ画
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       で、見れなかった、撮れなかった部分をサイトで見つけましたら、

       なんと、真ん中に描かれている風景は
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       ファルネーゼ家の城と庭園建設が改めて再開されたのは1959年。

       こちらヴィッラ・ランテの前身が建設され始めたのは1511年ですが、
       ガンバラ枢機卿が多分建設途中の物を手に入れたのでしょう、
       1566年一応の完成をさせたものの、
       亡くなった1587年までずっと続いたようですから、
       同じ枢機卿同士の行き来もあったでしょうし、近くですし、
       素晴らしい庭園や城を見て描かせたのかも、と想像します。
   
       そしてなんと、設計建設が同じジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラ
       Giacomo Barozzi da Vignola である事にも、気がつきました!

       ガンバラ卿の没後はヴィテルボの聖職管理職・枢機卿でもあった
       アレッサンドロ・ペレッティ・ディ・モンタルト・Alessandro Peretti di Montalto、
       シスト5世教皇の甥、14歳で枢機卿に任命され、当時僅か17歳だった
       モンタルト枢機卿が後を継ぎ、工事を完成させ、
       2つ目の小邸にその名を残します




       こちらは小邸のロッジャ部分で、真ん中に上のフレスコ画が見えますが、
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       チラッと修復中の建物内に入らせて貰った時
       写真禁止と言われたのを、厚かましくパッシャッとやりまして、へへへ。
       時代が後のが分る繊細な装飾文様でしょう?!
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       こちら、庭園全体の様子が分かる写真を探しました
       外の広い林部分は別として、内側庭園はこんな感じ。
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       刈り込まれて模様を形作る低い植木もなのですが、
       上から水が流れ落ちながら次々と様々な噴水で遊ぶ、
       その様子が見所だと思いますので、

       今回はshinkaiが見たのとは順序を逆にし、
       水が流れ落ちる順に上から
       つまりかっての貴族達が楽しんだ様を皆さんにも!!



       という事で、こんな椿の咲く小道を一番上まで上って頂きますね。
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       上には、こんな東屋があり
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       軒下の壁に、はっきりと浮き彫りの海老の紋章が見え、
       下に、DE GAMBARA・デ・ガンバラと読めます。
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       反対側には、JO FRAN CAR、つまり左右を繋ぐと、
       IO Francesco Cardinale Gambara・我枢機卿フランチェスコ・ガンバラ
       ここの庭園造りに情熱をこめた枢機卿の名乗り!




       ロッジャというか、東屋と言うか、中の壁にもフレスコ画があり、       
       芸術の女神、多分、と鳥と植物、優雅ですねぇ!
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       さてこちらが枢機卿フランチェスコ(1533-1587)
       ジョヴァンニ・フランチェスコ・ガンバラと言い、ブレーシャの貴族出身。
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       バニャイアの土地は13世紀から教皇領で、近くのヴィテルボの司教に
       恒例的に管理が任されていたのだそうで、

       このヴィッラ・ランテの建設が始まったのは多分1511年で、
       一応の完成を見たのは、ガンバラ卿によって1566年と。

       普通ヴィッラには建設者の名がついて残るのが一般的で
       後に持ち主が変わった場合は並んで名がつくのですが、
       なぜかここはヴィッラ・ランテと、建設後100年にして持ち主となった
       ボーマルツォ公爵のイッポリート・ランテ・モンテフェルトゥロ・デッラ・ローヴェレ・
       Ippolito Lante Montefelrto della Rovere, Duca di Bomarzoの名のみが残ります。

       ボーマルツォと言うと怪物公園で有名ですが、ご案内は
   

       ウィキでも余りガンバラ枢機卿の事が分らなかったのですが、
       ひょんな事から、彼はヴィテルボのあの時代に活躍した
       異端審問裁判官であったらしいことが分かりました!

       それに、ヴィテルボのドゥオーモ、サン・ロレンツォ聖堂の上にもやはり、
       Io Giovanni Francesco Cardinale de Gambara と彫り込んでいる事も!
       これはshinkaiも撮ってきた写真を確かめ、確認済みで、
 
       異端裁判官としては、かのミケランジェロがあがめた
       ヴィットーリア・コロンナにも矛先を向けた男だった様で。

       現在は歴史の中に埋もれた様な枢機卿ですが、そんなこんなで、
       案外に皆が記憶から消したかった名前でもあったのかと思った事でした。
       
  
       

       さていよいよ一連の水の遊び、水運びの様子ですが
   
       一番上にあるのがこれ、
       フォンターナ・デル・ディルーヴィオ・fontana del diluvio.
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       町の背後にあるチミーニ山系から、傾斜を利用して運ばれて来た水は、
       岩を装ったアーチに隠され、ここから徐々に流れ落ちます。
       手前の水槽に見える岩は、泳ぐイルカたちで、




       これはその前にある4面像!
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       そして、そのも一つ手前にある噴水
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       この海老をかたどった形から水が吐き出され
       海老の手、ハサミをかたどった細い通路を、水が流れ落ちて行きます。
       水路の写真は下から眺めているのですが、分りますか?
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       そしてフォンターナ・デイ・フィウミ・fontana dei fiumi・川の泉
       または巨人の泉とも呼ばれるように、両側に巨人像があり、
       幾筋もの水が細い滝のように流れ落ちます。
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       で、この細長いプールを挟んでのテーブル状の物は、
       メンサ・デル・カルディナーレ・Mensa del Cardinale・枢機卿のテーブル
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       夏の外での宴会の折には、この水の流れに食物や飲み物を浸し、
       水面が反射してクリスタルのようだった、という枢機卿のテーブル!




       テーブルの終りは、こんな風に口を開いた男から水が流れ、
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       最後の大きな水の遊びは、フォンターナ・デイ・ルミチーニ
       fontana dei lumicini・小さな明かりの泉、
       70ある噴水の元が蜀台の形をして、噴水が煌くという訳ですね。
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       これらの素晴らしい水の様々な遊び、細い水路の流れや噴水、
       滝のように落ちる様々な調和の水遊びは、
       全体の設計をしたヴィニョーラが、シエナから水の設計専門家である
       トンマーゾ・ギヌッチ・Tommaso Ghinucciを自分で呼んだのだそうで、
       彼の天才ぶりは今もここにこうして健在!




       この辺りからだと漸くに下の庭、刈り込まれた植え込みと
       真ん中の四角い泉が良く見え、左側から順に、
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       この植え込みは、フランスのフォンテンヌブローや、サン・ジャン・アレーの
       城と同じ、まさに最初のフランス式花壇の造り手たちの手になるものなのだそう!!

       


       植え込みは背の低いもので、中には入れませんが、
       ご覧のように、少し木が傷んでいる部分もあり、ちょっと痛々しく・・。
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       こちらの写真のように、多分建物の中からなのでしょう、
       これ位高い場所からだと、植え込みの模様もはっきりで素晴らしい!
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       ガンバラ・Gambara・海老という枢機卿の姓から、
       紋章にも海老が入っていましたが、水の流れの囲いにも、
       そしてこの植え込みにも、海老らしい形が見え楽しい!

       ヴェネトにある、迷路になった植え込みの大きな庭園は


       真ん中に見える四角い泉は、4つに仕切られ真ん中に丸い噴水
       植え込みからそれぞれに道が付き、通れる様になっているのが見えますが、

       四角く区切られた泉のそれぞれに小舟が浮かび
       中に人型もあるという芸の細かさ!
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       真ん中の丸い泉は2段になっていて、真ん中に4体の人物が
       腕を差し伸べていて、
       shinkaiが見た時はこの修復前の姿だったのですが、
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       現在は星の下に山の形の、モンタルト家のシンボルを支えた姿
       修復済みの様子。
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       この泉はフォンターナ・デイ・モーリ・Fontana dei Mori・と呼ばれ、
       1597年に教皇クレメンテ8世がお越しの時に、当時の持ち主であった
       モンタルト枢機卿が取り付けたものの様子。




       というイタリアでも有数な庭園のご案内でしたが、
       お楽しみ頂けたでしょうか?

       実は下に見える古い町の中もちょっとでしたが見に行き
       中世が残る古さの壁や建物にも魅せられました。
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       が今回はあれこれ読むのに疲れまして、ははは、
       町のご案内はまたのチャンスに!



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、 途中経過2枚と、凍りつく朝 を
       アップしています。
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       
       




by italiashiho2 | 2016-01-21 03:32 | ・ローマとラツィオ州 | Comments(6)
Commented by シニョレッリ at 2016-01-22 17:31 x
shinkaiさん、こんにちわ!

バニャイアは、ヴィテルボから散歩のつもりで歩いて行ったことがあります。ローマ・ノルド線のヴィテルボ駅を通り過ぎ、一本道を歩いて40分ほどかかりました。

役場で貰ったバニャイアの地図を見てますが、「名前が付いていない広場」は9月20日広場と記されてます。

フレスコ画の写真は相変わらずダメですか。2014年に実施された国立博物館・美術館の写真解禁に合わせて、国立以外の施設でも写真OKとなった所が多いと聞いてますが・・・・ フレスコ画が見どころだけに写真不可は残念です。

バニャイア近くでは、ソリアーノ・ネル・チミーノに行ったことがあります。ここもマアマアの見どころが幾つかあります。
Commented by italiashiho2 at 2016-01-22 23:47
★シニョレッリさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あ、歩かれましたか? そうですよね、歩いていけない距離ではないですね。 ホテルからだったんでしょうが、ホテルの位置によりますけど、それでもかなりの早足という感じがしますね、シニョレッリさんは!

あ、あの広場、名前がありましたか、ははは。 有難うございます! 後ほど訂正して置きます。

今このヴィッラはラツィオ州の持ち物になっているらしいのですが、ちょうど我々が行ったときに内部の修復中だったのですね。 それで撮影禁止だったのかも知れません。
外から覗き込む場所は皆勝手に写していましたが。

ソリアーノ・ネル・チミーノと書いて下さったまま日本語で検索しましたら、シニョレッリさんの訪問記が出たので、写真を全部拝見してきました。 有難うございます! 
お祭りは旗振り競技だけでしたか? 大概旗振り競技は開始の景気づけにあるのですけど・・。

かなり大きな町のようで、オルシーニ家の大きな城があるのですね。 城の中を見れたら面白かったかもですね。 
Commented by クリス at 2016-01-23 12:57 x
ご無沙汰でしたshinkaiさん!!
このところ少し落ち込んでおりましたが、ポチポチ移行に向けて新しく旅行サイトに書き移しを始めましたので、URLの貼り付けは新しい所の物をリンクしておきました。
まだ書き方に慣れてないので、いまだ悪戦苦闘しております。

バニャイア(Bagnaia)は知らない所でしたが、凄い庭園がありますね。名もない広場というのは、調べていて時々遭遇しますが、これも本来は市街区への入り口の門外にあった通りが広くなった物のようですね。
私としては、市街区の奥に見つけた噴水の方が古そうで興味がわきました。
Commented by italiashiho2 at 2016-01-23 18:37
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

あ、3月頃と拝見したように思うのですが、もう早くも! 向こうを覗きに行っても更新がなく、ミ~タさんとの交信で分りました。
ご苦労様です!! 頑張って下さい!! こちらからのリンクも先ほどしましたが、暫く2つとも置いておきますね。

古い町の外側で、他の建物は新しく見えますから、きっと町が大きくなってからのものなのでしょうね。
あの噴水立派でしょう? で上に紋がついていて、どうも司教の紋のようなので、きっとあのヴィッラ・ランテの持ち主の司教が作った由緒あるものなのだろうと思います。
Commented by milletti_naoko at 2016-01-23 20:27
Shinkaiさん、こんにちは。Villa Lanteとファルネーゼ宮殿の間にそんな意外な関係があるとはびっくりしました! ラッツィオ州のかつての富裕層は、何らかの意味でローマ教皇ゆかりの人がやはり多いということもあるのでしょうね。わたしたちが訪ねたのは2011年2月でしたが、みごとな庭園と水の使い方に、ティボリのVilla d'Esteを思いました。芸術家のShinkaiさん、細部をていねいに観察されていて、読んでいてとても興味深いです。フレスコ画が美しいので、わたしも撮影できないのがひどく残念でした。

ところでカプラローラ、わたしたちが昨年訪ねたときは、ちょうど突風で木がなぎ倒されて、庭は訪問できず、庭園を楽しみにしていた夫ががっかりしていたので、今年はぜひいつか訪ねてみたいと思っています。ヴィテルボの近く、ボルセーナ湖の近くは、風光明媚な上に食がおいしく、興味深いお城や博物館もあって、わたしたちも大好きで、時々足を運んでいます。近くにいらっしゃって、もしまたカプラローラを訪問されるようであれば、村が見え始める頃、道の左手に見えるPasticceriaのレモンクリームのお菓子がとてもおいしくて、夫があるだけ皆買い込んで食べていたので、ご参考までに。Shinkaさんのこれからの記事、わたしたちもこれからのヴィテルボ地方訪問の際に、参考にさせていただこうと、楽しみにしています♪
Commented by italiashiho2 at 2016-01-24 05:04
★なおこさん、こんにちは! コメント有難うございます。

はい、私も実際に行った時はガイドさんの説明を聞かずにいて、聞いていると自分の見たいものが見れないのでこの頃は適当に勝手に歩き回っていまして、ははは、今回あれこれサイトで写真を探していてあれこれ分かった事が多く驚きました。
まぁ、ちょうど当時のヴィッラや庭園つくりの専門家となるとやはり数が少なかったのかもしれませんね。
私はまだティボリを知らないのです。いつか一度は行ってみたいと思っていますが・・。

いえいえ、絵は描いていますが芸術家なんてとんでもないです! お恥ずかしい。
でもそうですか、やはりフレスコ画の撮影は禁止だったのですね。

カプラローラも行かれましたか! あそこはまた大変豪奢なお屋敷と言うか城ですよね。 折角行かれたのに庭園が見られなかったのは本当に残念でしたね。 季節の良い時に、椿も、薔薇も確か藤も庭園がありましたから、お出かけになられると素晴らしいと思います。

ご主人は甘いものがお好きなんですか? まさにイタリア男性ですね! 
有難うございます! カプラローラの町の上からの眺めも、ボルせーナ辺りも、またヴィテルボ、タルクイニア辺りももう一度ゆっくり行って見たい土地なのです。 
イタリアはまさに組めども尽きぬ美の宝庫だと思います、本当はもっともっとあれこれ見たい知りたい土地がたくさんあるのですが、なかなかです。
なおこさんのご案内も楽しみに拝見させて頂いてます! 今後とも宜しくお願いいたします。



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