イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

italiashio.exblog.jp
ブログトップ
2016年 05月 30日

   ・・・ ニンファの庭園 ・ 中世のポンペイ + イギリス式庭園 ・・・

d0097427_00124676.jpg
       今回のご案内は、ニンファの庭園・Giardino di Ninfaと呼ばれる、
       イタリアの自然記念物指定も受けている、世界的に有名な庭園を。

       中世に町が放棄され埋もれていたのを、19世紀の末から
       持ち主が情熱を込めイギリス式庭園に蘇らせたもので、
       現在は年間5万人もの人々が訪れるという、人気のある庭園。

       写真がいつもよりもずっと多くなりましたが、
       庭園内を散策されるおつもりで、ごゆっくりどうぞ!

       上の写真は、ニンファの庭園に向って上る道から見えた、
       宿のある海辺の町テッラチーナの西に延びる岬の形
       顔を上に向け日に当る姿の様だとも。




       地図をどうぞ。
       ニンファの庭園・Giardino di Ninfaは中央上に。
       右下に見えるセルモネータ・Sermonetaの町の城塞と共に
       かってのカエターノ家の持ち物だったのが、現在はカエターノ財団と。
d0097427_00130277.jpg
       ニンファの庭園から九十九折りの道の上に見えるのが
       ノルマ・Normaという町で、後ほどご覧に。

       中ほど下に真っ直ぐ伸びるSS7の道、
       右下にStrada Statale 7 Via Appiaというのが見えますが、




       バスが庭園に近づき、チラッと見えた湖
d0097427_00131499.jpg



       入り口脇のショップにあった鉢植えの花々
       黄色や濃いピンクのカラーの花が鮮やか!
d0097427_00132881.jpg



       公園の専門ガイドに連れられ、庭園内に入り込むと、
       うっそうとした緑の小道が奥に続き
d0097427_00134117.jpg



       上でお話したノルマの町がこんな風に!
       岩山の上に細く繋がり、この部分が多分旧い町部分と。
d0097427_00135378.jpg



       まず教会の入り口扉から入り脇に抜け、ここで一通り庭園に付いての
       説明を受けますが、勝手にあちこち入り込まないよう注意をされ!
       
       元教会(確か、サン・ピエトロ教会)で、建物の屋根の右上に
       高く教会入り口部分の壁が見えるのが分りますか?
       この建物はそれを改装してあり、
d0097427_00140647.jpg



       こちら背後にあるのが、かっての後陣部分の半円の名残と
d0097427_00141960.jpg



       その左手には、うっそうとした糸杉の並木が続くのですが、
       こちらは入れず・・。
d0097427_00143126.jpg



       横にある、鐘楼の残り、足元部分
d0097427_00144458.jpg

       「ニンファの庭園」、ニンファはニンフ・妖精の意味ですが、
       元々この廃墟になった町の名がニンファといい、
       ローマ期にこの近くにあった湧き水の神を称える礼拝堂に因むと。

       元々の町は住人も少なかったのが、中世当時アッピア街道は
       湿地帯に埋もれており、この近くを通る道が唯一ローマへの接続道で、
       商業交易の繁栄もあり、町は次第に豊かに。

       所が教皇選出に関しての争いから、1171年フェデリコ・バルバロッサに
       略奪焼き討ちにあったり、領主も次々替わりますが、

       1294年カエターノ家のボニファーチョ8世が教皇となると、
       1298年に甥のピエトロ2世カエターノが20万フィオリーニ金貨で
       ニンファとこの近隣一帯を買うのを援け、
       カエターノ家がこの一帯に、以後7世紀間に渡って勢力を持つ始まりに

       ピエトロ2世カエターノは元からあった城を拡張し、城壁に囲まれた内庭、
       以前からの塔も高くし、城に城館も付け加えます。

       が1382年東西教会分裂の抗争の際、ニンファの町は再び略奪され
       これ以降再建される事なく、平地でのマラリア汚染にも影響され、
       生き残った町の人々も町を捨て、カエターノ家もローマや他の地に。
       
       こうしてニンファの町は廃墟となったのですね。


       
       
       流れの脇、 水は本当に澄みきっていて
d0097427_00145781.jpg
d0097427_00151060.jpg



       奥に日を浴び鮮やかな、日本の楓
d0097427_00152310.jpg



       果樹もあり
d0097427_00153735.jpg



       緩やかに曲がりながら奥に続く道
       遺跡の石が転がり、バラが花咲き・・。
d0097427_00155053.jpg
d0097427_00160400.jpg



       そしてまた先ほどの流れ、堰があり
d0097427_00161714.jpg
d0097427_00163040.jpg



       少し低い部分には、あやめ科の花
d0097427_00164219.jpg



       木々に高低のアクセントをつける糸杉の姿
       そして葉の色の違う植物の取り合わせ
d0097427_00165522.jpg



       かっての住宅だったと思われる遺跡に絡まる植物、咲く花
d0097427_00170879.jpg
d0097427_00172284.jpg

       「庭園」と聞いてのみやって来て、花の咲き乱れる姿もなく、
       刈り込まれた幾何学模様の生垣もなく、最初はいささか?だったのですが、
       この辺りになって段々飲み込め、
       なるほどなぁ、遺跡を利用してロマンチックな庭園にしたのだ、
       ぺんぺん草がはびこるのではなく、そういうのは一切排除し、
       廃墟に絡まるのは薔薇の花という風情なんだ、と。

       イギリス式庭園なる物を他では見た事がなく、
       このイタリアの強い太陽光線の下でも、全体にうっそうとした暗さで、
       かなりブレて写ったのも何枚もあって戸惑いましたし、
       花も咲き終り、萎んだのもたくさんそのまま、という手入れの仕方も、
       ちょっと他では見た覚えがなく、

       廃墟の美を如何にも自然風に、しかも美しくロマンチックに見せる
       という庭園のつくりなんだ、と納得した次第です。

     
       コモ湖で見たヴィッラ・カルロッタの花盛りの庭園は



       この辺りはぐるっと廃墟を回りこんで見る道取りになっていて、
d0097427_00173403.jpg
d0097427_00174774.jpg



       この教会サンタ・マリーア・マッジョーレがかっての一番大きな
       教会だったそうで、フレスコ画が残っているのも見えますが、
d0097427_00180011.jpg
       幾つかの作品は剥がされ、セルモネータの城のほうに移されていると。
       ?!見たっけ?!




       こちらは鐘楼跡
d0097427_00181339.jpg



       小さな遺跡の壁跡を覆う薔薇の茂み
d0097427_00182618.jpg



       清楚な薔薇の花、ぽわぽわの塊、大きな紫のテッセン
d0097427_00183963.jpg
d0097427_00185281.jpg
d0097427_00190552.jpg



       遺跡の壁と大振りな葉を持つ植物の取り合わせ
d0097427_00191970.jpg

       この中世の町の廃墟を、16世紀にはカエターノ家出身の枢機卿
       植物学を愛するニコロ3世がお気に入りの庭園とすべく、
       小範囲で取り掛かった様子ですが、枢機卿の死と共に計画は消え、
       鱒の養殖、貴重な果樹もあったそうですが、
       
       次の挑戦は17世紀のフランチェスコ4世公爵カエターノで、
       情熱を注いだ物の、彼もまたマラリアに退散せざるを得ずで、
       ただし彼の取り掛かった水脈と泉は残ったと。

       こうして19世紀にはこの庭園の魅力を伝え聞き、
       「中世のポンペイ」として訪れる人々がたくさんいたのだそう。

       19世紀末遂に、オノラーロ・カエターノ・Onoraro Caetaniの妻
       イギリス人のアーダ・ボットゥル・ウィルブラハム・Ada Bootle Wilbraham
       が、彼らの6人の子供のうちの2人の息子ジェラージオ・Gelasio
       ロッフレード・Roffredoと共に、
       
       遺跡にはびこる大部分の沼地の植物を根絶し、最初の一連の糸杉、
       トキワガシ、樅、多種の薔薇などを植え、幾つかの遺跡も修復し、
       ロマンチックなイギリス式庭園に変えるべく奮闘したのだそう!

       現在財団の名となっている「ロッフレード・カエターノ財団」は、
       この時の一人の息子の仕事を記念している訳ですね。

       庭作りの仕事は、ロッフレードの妻マルゲリーテ・シャピン?・
       Marguerite Chapinに引き継がれ、潅木やバラが植えられ、
       1930年代には著名人や芸術家達に門が開かれますが、
       第2次大戦となり一族はセルモネータの城塞に避難し、
       1944年になってニンファに戻ります。

       最後のカエターノ家の当主は、1977年に亡くなったレーリア・Lelia
       ロッフレードの娘。
       大変敏感で繊細な女性で、汚染物質を一切使わず、
       大きな絵を描くように色の配置を考えつつ、たくさんの泰山木、
       イバラやツル性の薔薇を植えたのだそう。

       彼女は子孫を残さず、ここに7世紀に及ぶカエターノ家は絶えましたが、
       亡くなる前に前述した財団を設立、  
       この庭園とセルモネータの城塞を護る事に

       庭園のサイト http://www.fondazionecaetani.org/visita_ninfa.php 

       この庭園訪問には、予約、日と午前午後の時間指定が必要で、
       このサイトから予約できますし、
       月に何日間かしか開かずですが、それも調べられます。
       チャンスがありましたら、是非一度ご訪問を!

       セルモネータの城も大変な威容で驚きましたので、
       またご案内いたしますね。

       ポンペイ遺跡のご案内は、こちらに1~6
       http://italiashio.exblog.jp/15055303/  劇場2つ
       http://italiashio.exblog.jp/15072892/  野外闘技場、店あれこれ
       http://italiashio.exblog.jp/15086528/  パン屋、ルパナーレ、フォーロ
       http://italiashio.exblog.jp/15115959/  アポロ神殿、テルメ、牧神の家
       http://italiashio.exblog.jp/15125930/  秘儀荘 1
       http://italiashio.exblog.jp/15128707/  秘儀荘 2




       1ヶ所、様々な色の花が咲き乱れる場所があり
d0097427_00193390.jpg
d0097427_00194592.jpg
d0097427_00195860.jpg



       手入れ中の男性の姿。 
d0097427_00201139.jpg



       ラヴェンダーはまだ蕾が固く
d0097427_00202362.jpg



       遺跡をすっぽり覆う、花のある植物
d0097427_00203699.jpg



       如何にも、英国絵画に出てきそうな廃墟の姿、でしょう?!  
d0097427_00204863.jpg



       艶やかな百合の花
d0097427_00210135.jpg



       ニンファ川の流れが広い場所、陽が射していたのに、
       この後突然にぱらぱらとぱらつき始め・・。    
d0097427_00211518.jpg



       川を渡る3つの橋の1つ、マチェッロ・Macello橋
d0097427_00212864.jpg
d0097427_00214321.jpg
d0097427_00215625.jpg
       橋の名マチェッロというのは、屠殺場とか殺戮を指しますが、
       名の由来は2つあり、1つはこの橋での戦闘で大激戦があった事、
       も1つは、このすぐ近くに畜殺場があったからと・・!




       一番小さな古いローマ期の橋。 本当に大人が渡れた?! 
d0097427_00221097.jpg



       木製の橋。 どの橋も渡れず!
d0097427_00222440.jpg



       川の向こう側
d0097427_00223882.jpg
d0097427_00225238.jpg



       竹林。 筍の煮物を思い出し、つばが溜まるshinkai!
d0097427_00230591.jpg



       8ヘクタールの広さにわたるという庭園ですが、
       世界様々から集めたであろう植物が根付き、
d0097427_00232102.jpg



       やっと普通に美しく咲いていた、はは、ピンクの薔薇。 
d0097427_00233481.jpg



       かっての城跡、塔の高さ32m。      
d0097427_00234764.jpg



       建て増しの城館跡と思われる壁の窓
d0097427_00235978.jpg



       塔の壁
d0097427_00241204.jpg



       右側には修復され、一時は住まいとされていた屋敷があり、
       現在は財団の事務所もあるという部分。
d0097427_00242591.jpg
d0097427_00243983.jpg



       振り返って見る、奥に誘う小道のローマの松
d0097427_00245210.jpg



       さて帰り道には、湖の風景を見逃さぬよう用心し、はは、
d0097427_00250640.jpg
d0097427_00252099.jpg
       こんな感じで、ニンファの庭園に別れを告げ

       長いお付き合い、有難うございました!!




     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、日曜の朝・ヴェネツィア そろそろ と、 シトー派修道院 を
       アップしています。   
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

       





by italiashiho2 | 2016-05-30 00:34 | ・ローマとラツィオ州 | Comments(14)
Commented by papricagigi at 2016-05-31 05:45
素敵~!お昼休みにゆっくりと写真を眺めせてて頂きました。うっとり~♪ 川の流れにそって揺れている「藻」の様子。。。裸足であるいてみたいです! アーチを囲むように育っている草木の様子や光の陰影もとーっても素敵。。。ニンファの庭園、メモしました!

あ、少し前になりますが、Shinkaiさんが作業机や色鉛筆の様子を紹介されていましたよね?とっても興味深かったです。色の種類の多さにびっくりしました!!!てっきり水彩絵の具のみで描かれているのかと思っていたので、プラスアレだけの色を使いこなされていることを知り、びっくり仰天。また作業の様子を見せてください♪
Commented by italiashiho2 at 2016-05-31 14:59
★papricaさん、こんにちは! コメント有難うございます。
いつもの読み逃げ常習犯をお許し下さ~い!

如何にも自然で、廃墟跡も暗くなく、美しいでしょう?
水の流れも本当に澄んでいて、あの藻は安曇野の山葵田の中を流れる川にもあった梅花藻というのですって。

このニンファの庭園、ほらローマのお友達の所から行けますよ! 
ただ月に何日かしか開かないのと予約が必要なので、かなりの人気でこの日は既に満杯です、と出ているのも見ましたから、サイトから調べて早めに予約をされ、是非是非お出かけくださいね。

グループはガイドに引率されるのですが、個人だったらも少し自由に歩けると思います。


あ、色鉛筆の事なども見て頂けました? 有難うございます!
はい、水彩だとすらっと手早い作業しか出来難いので、私のようにじくじく描き込むタイプには使いにくい材料なのですね。それに濡れ色と渇いた時の色が違うのが難点で・・。

その点色鉛筆は本当に使いやすく、色も見たとおりの色で色数も多いので、
今は下塗り段階に水彩を使う程度で、それからの描き込みは全部色鉛筆です。と塗りつぶれた色を明るく起こす時にグワッシュ、不透明水彩を使うくらいです。

色鉛筆を使うようになって、私の絵を描く可能性が広がった気がしています。 ただし時間はかかりますが・・!!
Commented by italiashiho2 at 2016-05-31 15:08
★papricaさん、書き忘れです。

ニンファの庭園に行かれたら、近くにあるセルモネータ・Sermonetaの町と城塞も是非是非!!
中世の凄いお城で、ニンファの庭園のカエターノ家のものです。

それと町の教会サンタ・マリーアにあるベノッツォ・ゴッツォーリの聖母像が素晴らしく愛らしいです!!
Commented by クリス at 2016-05-31 20:09 x
これは素晴らしい庭園ですね。
ノルマ町は車から望みましたが、あの日は崖を飛びだしたパラセールがいくつも飛んでいたのを見ました。ちょうど降りたばかりの人がヒッチハイクよろしく通行中の車を止めていましたが、私たちはノルマまで行かないので載せてはあげられませんでした。
見学に制限があるし、優先度は高くなかったので立ち寄りませんでしたが、廃墟とマッチした手入れの良い庭になっていますね。
カエターノ家は、ガエタの領主でもありましたが、あの名家も今は断然しているのが残念な気がします。このブログでまたひとつ行った気分になる所が増えました。ありがとうございます。
Commented by papricagigi at 2016-05-31 23:20
おすすめスポットの追伸、ありがとうございます☆ メモしました〜。次にローマに遊びに行けるのは…いつのことでしょう(遠い目。ホントウニ遠いんですもん)でも、いつか!!
そして、いつか、Shinkaiさんにもお会いしたいです!
Commented by italiashiho2 at 2016-06-01 03:51
★クリスさん、こんにちは! コメント有難うございます。

こういう如何にもさりげない庭園は最初はピンと来なかったのですが、歩いている内にだんだん分かってきて、これを作り上げた人たちの奮闘も分かると、とても親しみが湧きました! 
それに維持するのは、こういう公園のほうが逆に大変なんだろうなとも思いました。

あのノルマの町も凄い位置ですが、旧市街だけでなく新しそうな町並みも見え、ちょっと行ってみたくもなりましたが、坂道から転げ落ちないかどうか心配です、ははは。

そのようですね、ガエターノ家ともカエターノ家とも言うようですね。
一族の内ではボニファーチョ8世が余りにも有名ですけど、やはり長い世紀の間にはたくさんの著名人がおられた様子ですね。

ガエータにも今回行きましたが、気に入りました! また見てやって下さいね。

こちらこそ有難うございます! 分からない時のあり難い先生で、援けて頂いております!!

Commented by italiashiho2 at 2016-06-01 03:55
★papricaさん、再度有難うございます!

大丈夫で~す、必ず行くんだと決めてその気になっておられれば、行けます!!

そしてローマだけでなく、北イタリアにもね! ヴェネツィアもお待ちしておりますよ。
そしてその時にはお声をかけてやってくださいね!!

Commented by 小父さん at 2016-06-01 17:14 x
こんにちは

ありゃ、イギリス式庭園ですか!

今の日本でも不思議と、やたらとイングリッシュガーデンと言う言葉を聞きます。
イタリア、フランス、ドイツ式って聞いたことがないような!?

>庭園内を散策されるおつもりで、ごゆっくりどうぞ!

分かりました!

>顔を上に向け日に当る姿の様だとも。

面白い形をしてますね。
岩山でしょうか?

ViaってStreetですか!日本語訳はなぜかビアです(笑) googleでは

Via Appia、走ってみたいですね。
ちなみに日本だったら東海道か中山道にあたるのでしょうか?(笑)
巻き舌のStrada Statale も調べてHighwayと出てきたので喜んでいます(笑)

>・・・チラッと見えた湖

なんと綺麗な!
こんなところを歩いてみたいです。

>黄色や濃いピンクのカラーの花が鮮やか!

パレットみたい!

>うっそうとした緑の小道が奥に続き、

最高です。

>上でお話したノルマの町がこんな風に!

すみません、質問です。
最初の写真の地平線上の横たわる岩山みたいなものがノルマの町なんでしょうか?
Commented by 小父さん  2 at 2016-06-01 17:53 x
>勝手にあちこち入り込まないよう注意をされ!

子供扱いですね(笑)

>高く教会入り口部分の壁が見えるのが分りますか?

下の写真だとしたら分かりません!

>うっそうとした糸杉の並木が続くのですが、

写真では紫色が見えますが光線の屈折でしょうか?

>元々この廃墟になった町の名がニンファといい、

素敵な呼び名だと思います。
湧き水の神だとは!

>商業交易の繁栄もあり、
>領主も次々替わりますが、

『真田太平記』の舞台と似ていませんか?(笑)

>こうしてニンファの町は廃墟となったのですね。

なんだかしみじみと感じますね!

>流れの脇、 水は本当に澄みきっていて、

湧き水の神が今でも居ますね。
きっと地質学的な水脈があるんでしょう。

>奥に日を浴び鮮やかな、日本の楓

へーっ、不思議なものです。

>そしてまた先ほどの流れ、堰があり

特に夏は涼し気ですね。

>かっての住宅だったと思われる遺跡に絡まる植物、咲く花

う~ん、こんな光景が日本にはない。
建物は朽ちてしまいますよね。

>花の咲き乱れる姿もなく、刈り込まれた幾何学模様の生垣もなく、最初はいささか?だったのですが

面白いです。

>廃墟の美を如何にも自然風に、しかも美しくロマンチックに見せる、

興味深いですね。

>コモ湖で見たヴィッラ・カルロッタの花盛りの庭園は

真反対の印象ですね。
地味が売りだとしたら、日本のわびさびの千利休的発想でしょうか!?(笑)

>この辺りはぐるっと廃墟を回りこんで見る道取りになっていて

この下の写真の石積みが面白いです。

>教会だったそうで、フレスコ画が残っているのも見えますが、

うわっ、フレスコ画がなかったら岩山の壁みたいです。

>こちらは鐘楼跡

いいです。

薔薇、紫のテッセンほかは利休の「花は野にあるように」に通じませんか?
Commented by 小父さん 3 at 2016-06-01 18:36 x
>ただし彼の取り掛かった水脈と泉は残ったと。

歴代領主は努力したんですね!

そこでアーダ・ボットゥル・ウィルブラハムの二人の息子がイングリッシュガーデンを手掛けたわけですか!

>大きな絵を描くように色の配置を考えつつ

庭づくりの歴史の変遷がこれだけ残っていようとは!

庭園のサイトを拝見してこの庭園の規模がイメージできました。

ポンペイこそ地中都市みたいでロマンがいっぱいです。

>遺跡をすっぽり覆う、花のある植物。

これ凄いです。
日本やヨーロッパで名を馳せているコンクリート打ち放しの建築家さんが
みんなこんな風にコンクリートを緑で隠すのがお好きです。

>如何にも、英国絵画に出てきそうな廃墟の姿、でしょう?!  

ひゃー、空も綺麗だし、ターナー ワールドですか?(笑)

これ素敵なのでスマホカメラに撮らせてもらいました。

橋の名の由来は抜きにして3枚目の池の写真の場所でぼんやりしてみたいです。

>筍の煮物を思い出し、つばが溜まるshinkai!

笑い、私は京都嵐山をイメージしました。

城壁を眺めながら、なぜか三橋美智也の歌「古城」を思い出しています。

>振り返って見る、奥に誘う小道のローマの松。

日本でもこんな松が育たないでしょうか!?
いいですよね。

>こんな感じで、ニンファの庭園に別れを告げ

Giardino di Ninfa というものをしっかり見させていただきました。
有難うございます、
Commented by italiashiho2 at 2016-06-02 00:53
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうですね、多分それはイタリア、フランス式となるとかなり大掛かりな植え込みで形作ったりする庭園になるので、自然で、軽く出来る良い雰囲気、という意味で使われているのかもしれませんね。

それにしても、ドイツ式庭園というのがあるのですかね? ははは。

ははは、日本ではビアなんですね、となると、ちょっとビールの発音の英語版に似ていません?!

Strada Statare(SS) は国道で、SRが洲道、SPが県道です。 Highwayという訳が主たる道、という意味ならそうだと思いますが、高速だとAuto Strada になります。

そうですね、ローマ期の有名な道、という意味で南に下る東海道、かもしれませんね、はは。

いえ、ノルマの町は地図の一番上、ニンファの庭園の上に見える場所で、
最初の写真は、宿を取っていたテッラチーナの西の端の岬です。

いやいや、日本の団体さんなら、皆さんご一緒に付いて来て下さいね、の一言で済むのでしょうが、こちらの団体さんは、少々言っても聞きゃぁしませんから、ははは。
皆、見たいものがあれば勝手に中に入り込みますもんね。

教会の屋根は、右の太い木から出ている幹の向こうに、建物の屋根の上2cmほど屋根と同じ角度で見えるベージュ色のものです。

あの糸杉の写真は真っ黒に写ったので、陰の部分を少し明るくして色が見えるようにしたので、陰色が紫にみえるのですね。
Commented by italiashiho2 at 2016-06-02 01:10
★小父さん、続けます。

そうですよね、中世はまだまだ政治も領土も安定せず、洋の東西を問わず戦乱の世の中だったのでしょうね。

日本の楓は新芽の時が朱色ですよね、なので周囲が緑一色の時にとても良い色のアクセントになるので、人気があるのですよ。

そうなんですよね、本当に石の建物というのは残りますね。

侘び寂び、とはまた違う気がします。ちょっとわびさびを気取っているけど、実際は見せ見せの演出というか、スノッブ的なものがある様に感じるのですけど。

領土として持っている町の廃墟を、自分達の好みに造り替えようというのは、物凄いお金持ちで無いと出来ませんよね。
余分にはびこっている普通の雑草や湿地帯の余計な植物を全部引っこ抜き、この廃墟にはこの薔薇を植え、糸杉の並木道をここに作りとやって、今度はそれを維持していくわけですよね。
植物なんて物凄い繁殖力ですから、ほって置いたらすぐぺんぺん草だらけになってしまいますしね、大変な仕事だと思います。

わぁ、小父さん、気に入って下さったのなら、この後写真を送らせて頂きま~す。

ははは、嵐山の竹林がありましたね。 私は風雅よりも筍が食べた~い!!

こちらの松は皆あんな風にすらっと伸びて、頭がポコッと丸いんです。
だから大風が吹いたりすると割と弱くて倒れると聞きます。

こちらこそ、いつも有難うございます!
Commented by granpa di itosugi at 2016-06-02 08:41 x
歴史に翻弄されたニンファの廃墟も、今は花々にかこまれしっとりと余生送っているように感じます。いいところですね。廃墟から望むノルマの村・・・・たまりません。テレビでローマの北東の村、ロッカ・シニバルダを見ました。絶景丘上中世集落です。ラツィオの村々是非訪れてみたいです。死ぬ前に行きたい場所リストに加えておきます。
Commented by italiashiho2 at 2016-06-04 04:01
★Itosugiさん、こんにちは! コメント有難うございます。

そうですね、まさに静かに余生を送っている、という感じかもですね。 
いやぁノルマの町、凄いでしょう?! あんな所に住んでおられるのですものね。
クリスさんがコメントに書いてくださったのは、あそこからパラセールが幾つも飛んでいたそうです。 確かに絶好の場所でしょうね。

丘の上の古い集落は、ラツィオにもトスカーナにもたくさんあれこれあるのです。
今回ラツィオに行ったのも、最初の日程発表ではカルカータという部落があり、それに昔からずっと行きたかったので申し込んだのでしたが、変更でナルニになったのでした。
いつか行こうと思っていますが、今回行ったガエータも、海辺の素晴らしい所でしたので、またご案内を。



<<    ・・・ イタリア共和国 ...         ・・・ テッラチーナの海... >>