イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!

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2016年 09月 11日

   ・・・ テアトロ・ロマーノ ・ ヴォルテッラ   写真追加・・・

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       今回ご紹介するのはトスカーナはヴォルテッラ・Volterra の
       テアトロ・ロマーノ・Teatro Romano.
       
       なぜ急に?とは仰って下さいますな、
       なぜか虫が起きて・・、としか、へへへ。



       ヴォルテッラの町は、シエナからポッジボンシを通って西に
       約54km 1時間の距離にありますが、

       町の地図をどうぞ.
       緑の線で囲った中心部から北に、
       中世に建設された市壁の門外に出た、傾斜地に位置します。
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       他に囲った部分は、テアトロ・ロマーノの隣の門、
       門の名はポルタ・フィオレンティーナ・Porta Fiorentina,
       町の有名なエトルスクの門・アルカ・エトルスカは町の南側に、
       エトルスク博物館は町の東側に。
       
       ヴォルテッラの朝の夜明けを。




       町に到着しホテルにチェックインした後、
       中心部を通りぬけ、このテアトロ・ロマーノに来た時は
       中に入らず、上の城壁の道から覗く形だったのですが、
       ちょうど夕暮れ時の陽が射しこみ、素晴らしかった!
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       上からの眺めだとほぼ全体が見れる高さで、
       真ん中からこちら半分がテアトロ・ロマーノ・ローマ期の劇場跡で、
       向こう側はその後に造られた浴場跡
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       現在残るローマ期の劇場跡では、大変に保存の良いもののひとつだと。




       翌日改めて見学に出かけました。
       27年前に一度来た事があり、その時の印象が強く残っていたのは
       やはりこの遺跡で、わぁお、ローマ遺跡がある!と
       無知度が大きかったshinkaiはひどく驚いたのでしたが、
       なにせローマ遺跡が残っているのはローマだけ、
       という程度の認識でしたし・・、ははは。

       以前の訪問時にはまだ整備されておらず、入場料もなしでしたが、はは、
       今回はちゃんと切符売り場もあり、5エウロ、
       道を辿って入っていくとこの様に見えて来ます
       少し曇り空で、写真の発色が悪いのが残念。
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       観客席の傾斜は、ギリシャ期の劇場のように、
       自然の土地、丘の傾斜を利用したもので、
       その観客席の上側に、13世紀に町の城壁が建設され、
       市壁の向こうに見えるのは町の家並み。




       平面図を見つけましたのでどうぞ
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       1.いわば天井桟敷に当たる部分
         観客席に連絡する11の入り口から行けたそう。
       2.観客席 上等席下から10列、並席上の9列で、
         座席の石はいずれもピニャーノ・Pignanoという当地産の凝灰岩
       3.オーケストラ席 ですが、このヴォルテッラでは町の著名人たちが
         ここを占領していたそうで、オーケストラと合唱隊は、
         説教壇と書いてあるので、舞台横にでも押込められた様子。
       4.舞台前部
       5.La fronte-scenaとあり、どう訳したら良いのか分からず、
         後ほど復元予想図をご覧頂きますね。
       6.柱廊 これは劇場背後の両側に後に建設された物で、
         後陣部分が飛び出した形。
       7.浴場部分 
       



       遺跡内部には入り込めませんで、観客席の上側の通路から
       見渡す感じで、移動します。

       今見える左の建物の壁と円柱の2階建て部分が、上の説明5で、
       右側は崩壊していますが、回収した石材で再建可能とか。
       その手前に舞台前部4があり、その手前真ん中に白と茶の石の部分が
       少し見えますが、ここがオーケストラ席3だったのが、
       ヴォルテッラでは町の権力者達が居座ったという、ははは。
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       舞台部で残っている上部と、右側の遺跡部
       舞台部の高さは15,5m、前面の長さは35,98mあるそう。
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       こうして見るだけではピンと来ませんが、
       復元予想図を見つけましたので、どうぞ。
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       素晴らしいですねぇ! というか、素晴らしかったのですねぇ!!

       観客席の上に見える布製のテントは、座席全部を覆える事が
       出来る様になっていたのが、支え部分の発掘で分かっているそうで、
       観客席は全部で1800~2000人収容できたそう。
       イタ版ウィキには、最高で3500人と書いてありましたが。
       この大きさの劇場では、トリエステにあるのとほぼ同じと。

       この劇場が造られたのは、紀元前1世紀から紀元後42年に
       存在したこの町の有力なカエチナエ・Caecinae家の2人、
       いずれも執政官であったアウロ・カエチナエ・セヴェーロと、
       ガイオ・カエチナエ・ラルゴの意思による物だそうで、
    
       ローマ皇帝で言うと、ちょうどアウグストとティベーリオの
       時代に当ります。

       3世紀の終わりになって劇場の方が放棄された後に
       その後部に浴場施設が造られたのだそう。

       


       観客席上部
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       観客席上部の後ろを通る通路
       この上に、13世紀に町の市壁が造られた訳です。
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       遺跡の草原に咲く野草
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       劇場背後に広がる浴場跡、楕円の部分にはモザイクも見えます。
       そして円柱の並び
       柱廊状に円柱が並んでいるので、浴場は内庭にあったのですね。
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       この遺跡が発掘されたのは1950年代、町の考古学者である
       エンリコ・フュゥーミ・Enrico Fiumiが指揮したもので、
       当時の町の精神病院の入院患者が幾人か働いたそう。



       市壁の上から覗く観光客。 ただ見だぁ! ははは。
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       夜のテアトロのイルミネーションを
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       この遺跡の舞台を使っての国際フェスティヴァルが
       毎年夏に行われるそうで、興味深い事でしょうね。


       テアトロ・ロマーノの開場は
       3月14日から11月1日まで 毎日 10時半から17時半
       11月2日から3月13日まで 土曜と日曜、祭日の10時から16時半
       



       ところで、このテアトロに付いて調べていて、
       関係者達はさぞや小躍りしているであろう、
       昨年7月の新発掘のニュースを見つけました。

       場所はテアトロ・ロマーノの横に位置する町の門から下って行った
       北にある、町の墓地に近い場所で、
       なんとローマ期のアンフィテアトロ・円形劇場、闘技場と
       見られる楕円形の遺跡の壁が見つかったのだそう!
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       歴史に完全に埋没し忘れ去られていたここの発見は、
       偶然にも水道工事をしていて見つかったもので、
       80mの長さの壁と2つの椅子
       工事の手法はテアトロ・ロマーノと同じもので、
       剣闘士たちの闘技場と見られ、
       この100年間における最重要な再発見と見られると
       
       さて、これからどの様に発掘するか、どの様に資金を見つけるか、
       さぞ関係者達は嬉しくも大変でしょうが、ははは、
       今の水道工事の方はどうなりますか?!
       



       所でテアトロ・ロマーノのすぐ横にある中世の市壁の門
       ポルタ・フィオレンティーナも、一緒にご案内しますね。

       城壁が造られた13世紀に一緒に造られた門で、
       外からの様子はこんな感じで、
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       続く城壁はこういう様子。
       背は高いのですが、門の壁をご覧になっても分かるように、
       この時代、中世の壁はそんなに厚くありません。
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       最後はテアトロの背後の城壁上から見渡す北の平野を
       夕陽を浴びて、谷にうっすらと靄が湧いているのです。
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       丘の向こう、平野の端にたつ教会サン・ジュスト・エ・クレメンテ
       San Giusto e Clemente.
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       ヴォルテッラに行くのに、サン・ジミニャーノからの道を行き、
       ちょうどこの教会の裏手を通り、教会に迫って切り立った崖が見え、
       その年の春の大雨で落ちたのかと気になったのでしたが、

       ウィキのサイトに写真がありましたので、追加です。
       これ!です、凄いでしょう?!
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       この一帯はバルツェ(複)・Le balze・崖、絶壁と呼ばれる
       独特の地形で、雨が粘土の層まで浸み込みやすく崩れるのだそう。
      
       現在の教会はサン・ジュスト・ヌオーヴォ・新サン・ジュスト教会と
       呼ばれもする18世紀の物だそうで、
       それ以前の教会は17世紀のバルツェで飲み込まれたのだそう!
       という事なども知りましたが、

       いやぁ、こういう土地に再建するというのも、
       キリスト教社会というのは凄いなぁ、と思った事でした。



     *****

       水彩+色鉛筆画ブログには、ティツィアーノの生家と、 色鉛筆あれこれ を
       アップしています。    
       見てやってくださ~い!    



     *****        
       
       いつもブログご訪問、有難うございます!     

 
  
   
       



by italiashiho2 | 2016-09-11 01:14 | ・トスカーナ州 | Comments(6)
Commented by allegria1i at 2016-09-12 00:05
以前、ヴォルテッラを案内していただいた方に、テアトロ・ロマーノは発掘以前はにゴミ場然としていたと聞いてびっくりした記憶がよみがえりました。
私が訪れたのも、10年くらい前になりますか・・・。
その時はまた整備されておらず、当然入場料もなし。
それにしても・・・土を掘ると遺跡にあたるのが、いかにもイタリア!
Commented by italiashiho2 at 2016-09-12 13:16
★パンダさん、こんにちは! コメント有難うございます。

ああ、そうなんですか、ごみ場みたいな物だったんですか。
でもその感じ分かりますね。 ちょうど町の門を出た所の半ば崖下の部分ですものね。

10年前でも入場料なし、でしたか。 整備されたのはではかなり最近なんですね。
良く乱暴者が入り込んでの大きな破壊とか、盗みとかなくて良かったですね。
それにヴォルテッラの観光客自体が少なかったのかも、ですね。

ははは、まさにそうですね。 ちょっと歴史のある場所だと必ずローマ期のものにぶつかるのかも。
それと未だにちょいちょい第2次大戦期の不発弾、というのがありますよ。
Commented by 小父さん at 2016-09-12 21:43 x
こんばんは
コメント欄開きました!(笑)
何なんでしょうね?
昨日コメント欄が0だったのでどうしてかな?と思っていましたが・・・。
それとexciteブログの方かどなたかのの書きみがあると、そのコメント欄から入ることが出来るのですが、夕べは全くお手上げでした(笑)

>なぜ急に?とは仰って下さいますな、

いや~、写真を一目見ただけで吸い込まれて行きますよ!

「ヴォルテッラの朝」も懐かしく拝見してきました(笑)
こんな絵は優勝で沸いている広島の街に展示されるんでしょうか?
今検索したら広島が日本シリーズに出場したとしたら10月22日(土) [第1戦]、23日(日) [第2戦]、10月29日(土) [第6戦] 、30日(日) [第7戦]だそうです。

>ちょうど夕暮れ時の陽が射しこみ、素晴らしかった!

現在の姿だけでも美しく思いますのに、ここに夕日が射したらそれは絵の世界でしょうね。

ひぇー、劇場の横に浴場まであったんですか!
Commented by 小父さん 2 at 2016-09-12 21:47 x
>なにせローマ遺跡が残っているのはローマだけ、という程度の認識でしたし

こうやって写真で紹介していただくだけでも感動的ですよ。

>道を辿って入っていくとこの様に見えて来ます。

壮観ですね!
ハリウッド映画のハリボテならこんなものも作ってしまいそうですが、この趣、石の色は出ないでしょう。

>市壁の向こうに見えるのは町の家並み。

はっはっは、そうなんですか!

>平面図を見つけましたのでどうぞ。

なるほど、淡路島の構造物は正にこれのミニチュア版ですね。
          ↓
http://www.moricho.co.jp/imgs/kenchiku/i_113_4q7b.jpg
Commented by 小父さん 3 at 2016-09-12 21:48 x
「舞台部で残っている上部と、右側の遺跡部」の下の2枚目の写真の壁の断面に迫力を感じます。
ローマンコンクリートの成せる業なんでしょうか?

>観客席は全部で1800~2000人収容できたそう。

何なに?紀元前1世紀から紀元後42年に(日本は弥生時代)に~!!!文明の高さを感じます。
カエチナエ家もまた莫大な金を持っていたんでしょう?
驚きというより呆れます(笑)

パクス・ロマーナもアウグストゥスの成し遂げたものでしたか!
オバマさんにプーチンさんも真っ青に思えます(笑)

>この上に、13世紀に町の市壁が造られた訳です。

構造力学に意匠デザインも半端じゃーないですね。

>劇場背後に広がる浴場跡、楕円の部分にはモザイクも見えます。

「映画『テルマエ・ロマエ』 2012年4月」← こんなのご存知ですか(笑)
       ↓
http://blog.goo.ne.jp/goo221947/e/4bed90618e7cb6b449ea0f7c4ca20a58#comment-list

原作の漫画家はイタリア暮らしらしいです。

映画ではこんな巨大なものは出てきませんでした(笑)

>ただ見だぁ! ははは

アメリカ大リーグの野球面物と一緒ですね。

夜のテアトロのイルミネーションは神秘的ですね。

>城壁が造られた13世紀に一緒に造られた門で

この門の壁の厚みだと二度の大戦の鉄砲では跳ね返るだけでしょう!

>門の壁をご覧になっても分かるように、この時代、中世の壁はそんなに厚くありません

えっ、もっと厚い時代があったのですか?

>夕陽を浴びて、谷にうっすらと靄が湧いているのです。

凄すぎです!

>その年の春の大雨で落ちたのかと気になったのでしたが、

赤い夕陽の壁が崩れ落ちた部分なんですか?
「ここに地果て、海始まる ・ ポルトガル・ロカ岬」 を思い出しました。
ちょっと違いますかね?(笑)

<バルツェと呼ばれる黄色の深い渓谷の名残が見られる>

バルツェって上ですか?

まとまらないコメントですが有難うございました。
Commented by italiashiho2 at 2016-09-13 11:02
★小父さん、こんにちは! コメント有難うございます。

以前にもコメント欄が開かないとお知らせ頂いた時に、エキサイトの方から教えてもらった方法を再度試したのですけど、
あれは古いクッキーなどが残っているからかも、というのでしたが、あの時はともかく、今回はまだ何ヶ月も経っていないので、ちょっと不思議です。何か他にも原因があるのかもですね。
私のPCもそろそろ買い替え時のようで、グーグル・クロームの自動サポートが打ち切りになっているので、そんなことも原因のひとつなのかも、です。

「ヴォルテッラの朝」は、はい、お陰さまでお嫁に参りました。

日本シリーズが10月の末ですか、なるほど。では11月下旬だと広島はまだまだ余韻が燃え残っている頃ですね、ははは。

そうなんですよね、学校で学んだ歴史、というのは縦割りで、何年から何年までなになに時代、なになに文化、と習っているので、
単純な頭でこちらに来ると、今でもローマ期のものが実際にしっかり残っている、ましてイタリア中のあちらこちら、ヨーロッパの隅々まで、というのに驚いてしまうのですね。

はい、劇場のスタイルはギリシャ時代のものを踏襲しているので、大体形はどこも似ていますね。とりわけ観客席の並びの形のほうは、ですね。

そうですね、ローマ期の建設物は未だにこうして残っていますが、今のコンクリートはこうまでは残りませんよね。
凄いもんです!

はい、「テルマエ・ロマエ」知ってます。映画は見ていませんが、漫画本を4冊日本の友人が送ってくれたので。
大変に詳しく調べられていて面白かったですが、どうも漫画というのは、どこかで落ちをつけて笑いを取るスタイルでしょう?
それが同じ様な繰り返しになるので、2冊目くらいで飽きてしまって、
あれだけの話だったら、漫画にしなくても断然面白いのにと思ったことでした。

中世の城壁、大砲が出現するまでの壁は高いのですが、余り厚くないのです。
大砲が使われるようになっての城壁は断然造り方も、形態も変わって、ずんぐりと低めで厚い壁に変わります。

ははは、バルツェというのは崖とか絶壁という意味だそうですが、岩場の崖ではなく、土質が脆くて崩れた崖なんだそうです。

有難うございました!


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